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フクシマ以後の表現主義的動向
Expressionist Movement After Fukushima
【本文確定】
表現主義的動向に加えて反表現主義的動向が出現した美術界の2010年は、良い意味で未知の領域に突入したかのような高揚感がありました。しかし、東日本大震災とフクシマの原発事故に見舞われた日本という国の2011年3月11日以降は、悪い意味で未知の領域に突入したかのような閉塞感に苛まれています。美術家たちはどう動き、あるいは動かなかったのでしょうか*8c1。本節では2011年以降の表現主義的な動向からいくつか拾います。
「全感覚派宣言」を2010年11月に起草していた高橋辰夫[Taxxaka]は、コンセプト以前の作家の内的衝動を信じた美術運動として、2011年8月にグループ展「第1回全感覚派美術展」を東京成城の清川泰次記念ギャラリーにて開催、2012年5月に自主雑誌『全感覚』を創刊、その後も継続中です。
2011年12月1日、東京銀座のギャラリーセラーで「第四表現主義(仮)について語る会」が、開催中の私の個展「かなきり声の風景」の関連イベントとして行われました。登壇者は齋藤祐平、小田島等、藤城嘘、黒瀬陽平、石井香絵、二艘木洋行、松下学、都築潤、沖冲.。私の意図は、2010年前後から各所で数多く行われているお絵かき大会や、マニエリスムとは正反対な制作の動向を、「第四」の「表現主義」と呼ぶことによって、循環史観的にハイアートの文脈に位置づけようとすることでした*8c2。結果は、美術にくくられることに対するそもそも的な拒否をはじめとする多くの反発と、少しの賛同でした*8c3。
2011年11月から12月にかけて愛知県美術館ギャラリーでグループ展「イコノフォビア:図像の魅惑と恐怖」が開催されました。そのコンセプトメイキングをした編集者兼研究者の筒井宏樹は、次に「であ、しゅとぅるむ」展を企画、2013年1月に名古屋市民ギャラリー矢田にて開催しました*8c4。「美術に属する表現と大衆文化に属する表現が一堂に会することで、2000年以降の日本における多様な創作活動の縮図を示す」とされた展覧会では、位相の異なるバックグラウンドを持つ11組の参加作家(チーム)を一室の空間のなかで展示する方法が採られました。参加したチームは「山本悠とZINE OFF」、「二艘木洋行とお絵かき掲示板展」、「qpとべつの星」*8c5、「優等生」(梅津庸一、大野智史、千葉正也、福永大介)ほかでした*8c6。
まつもとこうじろうの企画による数十人規模のグループ展「トランスエフュージョン」は、美術というよりはマニエラ重視の丁寧なイラストが比較的多く、定職の傍ら独りこつこつ地方で描いているような描き手も少なくないとのことです。東京の新宿眼科画廊で2012年8月に第1回展を開催、規模を拡大しつつ継続中です。同様の傾向のイラストは、金田涼子[ちょこらてす]が主宰する1990年以降に生まれた描き手によるグループ展「きゅーえっくす」にも見られ、2012年から継続されています。
反対に「春のカド」には、表現主義の原義に近い過激で荒々しい美術が比較的多い印象です*8c7。春のカドは「2013年2月にフナトケイドロ、内田百合香の2名によってつくられた、不定期に展示、zineの制作、絵に関するあれこれを行う企画」とされ、2013年5月に21名による第1回展示、2014年3月から4月に10名による第2回展示を東京南長崎のターナーギャラリーで開催しました。
2014年に登場した表現主義の新しい形は、東京藝術大学に在学中で、境界性パーソナリティー障害とADHD(注意欠陥・多動性障害)で通院中の河野麻実[あおいうに]が主宰するメンヘラ展です。2014年2月と8月に第1回展と第2回展が東京の異なるギャラリーで開催されました。主宰者含め参加者全員メンヘラですが*8c8、精神障害者の制作物を美術の側からアウトサイダー・アートとして搾取する従来図式とは異なり、自傷やOD(過量服薬)や過食嘔吐といった一人だけの問題行動から自身が脱出し、世界(他者)と繋がるきっかけとして「芸術」が位置づけられています。こうした昇華としての制作はメンヘラ展に限らず表現主義系の他の作家たちにも一部通ずるところがあります。
ビットマップとベクターの問題系としては、高解像度ビットマップの風景の作品が2012年の「VOCA 2012」奨励賞を受賞した武居功一郎と、膨大量のベジェ曲線から成るベクター画を2014年の第8回グラフィック「1_WALL」グランプリ受賞者個展で発表した下野薫子の登場が挙げられます。また、gnckの論文「画像の問題系 演算性の美学」が2014年の『美術手帖』第15回芸術評論第1席に選出されたこともトピックの一つです(同誌2014年10月号に掲載)。これは1990年の私のバカCGにおけるアンチ・アンチエイリアスから、2013年のucnvによるグリッチ(画像の破損)とヌケメによるグリッチ刺繍までのビットマップ表現を、時系列で俯瞰する内容でした*8c9。
【未訳】表現主義的動向に加えて・・・[固有名]Ryoko Kaneta (金田涼子), Koichiro Takesue (武居功一郎), Yukiko Shimono (下野薫子), [訳者宛注記]武居功一郎さんの風景の作品は写真を元にだいぶ加工したものなので風景画とも風景写真とも言いたくないため風景の作品という書き方にしてあります。[訳者用参考URL] http://aloalo.co.jp/nakazawa/201111/de.html http://aloalo.co.jp/nakazawa/201111/ce.html
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