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カオス*ラウンジと2010年の風景
Chaos*Lounge and the 2010 Scape
【本文確定】
ポストポッパーズ周辺の表現主義的なライブペインティングの熱気は、「模造紙オフ」という形式を編み出しました。これは居酒屋やカラオケボックスで模造紙を広げ、その場の全員で描き合うものでした。2009年10月18日、GEISAI #13のポストポッパーズのブースでは、模造紙オフではバラバラだった制作が集団制作へと進化しました。2010年3月14日のGEISAI #14では、「つかさをつくろう!」という指示のみによる匿名的な集団制作作品が完成しましたが、これは「GEISAI大学出張版」を経由して批評的に介入してきた黒瀬陽平と、藤城嘘との共同企画による「カオス*ラウンジ出張版」という位置づけでした。
美術家・美術批評家を名乗り、Ustream中もポレミックな言動を慎まない黒瀬陽平の突然の出現は、一方では一部のカオス*ラウンジ初期メンバーの離反を生みましたが、他方では美術界や言論界からのカオス*ラウンジへの注目を集めました。2010年4月10日、「カオス*ラウンジ宣言 2010」が、東京の高橋コレクション日比谷での展覧会オープニングで発表されました*8b1。これは、「ゼロ年代と呼ばれたこの十年、日本のアートは何も生み出さなかった」との文言から始まる挑発的なもので、表現主体の感性を否定し、SNS等のアーキテクチャとの同化的表現のみを肯定する、反表現主義的なものでした。
「アートに神秘性などない。人間の知性も感性も内面も、すべては工学的に記述可能である」「彼らは、アーキテクチャによって、自動的に吐き出される演算結果を収集する。そして、自らがひとつのアーキテクチャとなって、新たな演算を開始するのだ」(「カオス*ラウンジ宣言 2010」より抜粋*8b2)。
翌月の2010年5月には、ストリートコンピューティングのギークたちが参加して会場がゴミ山と化し反芸術状態となった「破滅*ラウンジ・再生*ラウンジ:アーキテクチャ時代のイメージ」展が東京の渋谷ナンヅカアンダーグラウンドで開催され*8b3、その後も多くの展覧会が次々と行われました。カオス*ラウンジは、黒瀬陽平、藤城嘘、梅沢和木の3名をコアメンバーとし、数十名からそれ以上の規模のアーティストが展示のたびに流動的に参加するスタイルとなりました。一輪社、だつお、仲山ひふみ、二艘木洋行、はいゆに、福士千裕[蚊に]、リリカルロリカルほかといった面々です。
2010年の美術界での他の出来事をいくつか以下に点描します。
2010年3月1日、宇川直宏の「DOMMUNE」が開局しました。共同体communeの次の段階として命名されたUstreamライブストリーミングスタジオ兼チャンネルで、宇川直宏自身は撮影、配信、記録の行為を「現在美術」作品と呼びました。
2010年3月14日にプレオープン、6月26日にグランドオープンを果たしたのは東京末広町の旧練成中学校を再生したアートセンター「3331 Arts Chiyoda」(アーツ千代田3331)でした。これは東京都千代田区の文化事業を、中村政人が率いるコマンドNが合同会社コマンドAとして請け負ったものです。「ギンブラート」以来アートプロジェクト的なアートを肯定的に展開してきた中村政人が到達した一大作品として見ることもできます*8b4。
2010年4月、東京の中野ブロードウェイにHidari Zingaroがオープン、これは村上隆が率いるカイカイキキがプロデュースするアート雑貨店、兼、2008年に東京元麻布に開廊したKaikai Kiki Galleryの関連ギャラリーという位置づけでした。のちにGEISAI入賞作家展が継続的に開催されることになりますが、2010年にはカオス*ラウンジ系作家の個展のほか、12月には京都を拠点に活動する若手男性4人組アートグループ「0000」(オーフォー)の初個展も開催されました。
2010年6月、二艘木洋行は個展で手描きの作品を発表しライブペインティングも実施、最終日には自作を外して自身のキュレーションによる19名のグループ展としました*8b5。2010年8月、大橋裕之、小田島等、箕浦建太郎は全日本ポストサブカルチャー連合(全ポ連)を結成、10月には公開制作兼展示販売会へと発展しました。2010年8月、齋藤祐平企画による7名のドローインググループ展「Circle X」が東京神保町の「路地と人」で開催され、ライブペインティングも3回行われました。これを色彩豊かな展覧会と観て楽しんだ松下学は、近隣の美学校(という美術学校)から廊下の本棚の一角を借り受け、空間の極小性に批評性を込めた「棚ガレリ」として10月に始動しました。2010年8月、平間貴大は3連続個展を実施しましたが、これをきっかけに9月、平間貴大、馬場省吾、私は「新・方法」を結成し同語反復的な「新・方法主義宣言」を発表、10月に棚ガレリの杮落しとして第1回展を開催しました。
2010年10月23日、東京茅場町のレクトヴァーソギャラリーで開催中の都築潤の個展「ニューエイドス」の関連トーク「ベクターVSビットマップ」が、3331 Arts Chiyodaで開催されました。これに先立ち都築潤はTwitter上で一連の問題を整理し、また、展覧会では発売されたばかりのiPadの使用によりベクター作品のスケーラブル性を示しました*8b6。
2010年11月7日、東京吉祥寺の井の頭公園で齋藤祐平企画による5名と飛び入りによるライブペイントイベント「井の頭間欠泉」が、12月23日には東京高円寺の素人の乱12号店にてライブペイントイベント兼展覧会「歳末間欠泉」が行われました。齋藤祐平は個人の活動のほかに2007年から「Night TV」「OPAOPA」「聞き耳」などグループ単位での活動、また路上展やライブペイント等の活動を繰り広げていましたが、突発的な衝動を示唆する「間欠泉」と銘打たれた集団あるいは個人でのお絵かきイベントは、2012年まで計10回行われました。
2010年12月5日、『批評週間臨時増刊号 モダニズムのナード・コア』という冊子が刊行されました。これは「評論集のふりをしたアプリエーションによるコラージュ・アート作品」と自称されたとおりのもので、ネットワーカーのばるぼらが編集出版、一部執筆しています。「本書は近年のカオス*ラウンジ周辺に対する盛り上がりを受けて編集されました。カオス*ラウンジを入り口に現代アートへ興味を持った人に読まれることを第一の目的としています」(編集後記より)。ちなみにナードは「おたく」に近い意味、書名は『モダニズムのハード・コア』のもじりでしたが*8b7、村上隆文脈によるアートのナードへの侵食と搾取、カオス*ラウンジ文脈によるアートのナードへの侵食と搾取、そしてアートのコアとしてのモダニズムが鋭い視点で抉られており、またたく間に売り切れました。
【未訳】ポストポッパーズ周辺の表現主義的なライブペインティングの熱気は・・・[訳者用参考URL]宣言の全文が和英併記されています→http://chaosxlounge.com/chaosexile/chaosexile.html
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