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マイクロポップ、美術内美術、チン↑ポム
Micropop, Art Within Art, Chim↑Pom
【本文確定】
1995年に始まった多様性の時代は快楽主義とマニエリスムを主調としながらも、私的な日常だったり、ひそやかだったり、ゆるかったりしました。2000年前後には中堅となった東京ポップ世代が気炎を上げましたが、「悪い場所」も「スーパーフラット」も結局はポストモダンの承認に働くものでした。いつしかコマーシャルギャラリーの時代が到来していましたが、それも規範の不在によるもので、2005年を過ぎてもなおゆるかったり、ひそやかだったり、私的な日常が続いたりしていました。それらを「マイクロポップ」と呼び、他方に「美術内美術」の存在を認め、チン↑ポムほかの固有名も挙げていけば一応2009年頃までの美術文脈については記述できそうです。が、非美術文脈のおたく文化、特にキャラ文化も同時代に共存していたことを忘れるべきではありません。美術文脈からはまだはっきりとは見えていなかったそれらについては、次章で記します。
2007年2月から5月にかけて、美術評論家の松井みどりの企画による「夏への扉:マイクロポップの時代」展が水戸芸術館で開催されました。参加作家は、島袋道浩、青木陵子、落合多武、野口里佳、杉戸洋、奈良美智、有馬かおる、タカノ綾、森千裕、泉太郎、國方真秀未、大木裕之、半田真規、田中功起、K.K.の15名。このうち1959年生まれの奈良美智は先駆者との位置づけで、残りの14名は1960年代後半から70年代の生まれです。松井みどりはマイクロポップの概念について、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリ、フランスの歴史学者ミシェル・ド・セルトーの名前を挙げながら、「制度的な倫理や主要なイデオロギーに頼らず、様々なところから集めた断片を総合して、独自の生き方の道筋や美学をつくり出す姿勢を意味している」「主要な文化に対して『マイナー』(周縁的)な位置にある人々の創造性である」等と説明し、マイクロポップの「ポップ」はアメリカのポップ・アートとは関係のない小文字のポップだとしました*7e1。すなわち、対アメリカ戦略に打って出た「スーパーフラット」や、日本美術史にリセットを仕掛けた「悪い場所」のようなあからさまなイデオロギー性からは距離を置き、前述の1995年からの諸傾向を弱者の立場に置いたまま、フランス思潮のオブラートで巧妙にくるんで承認したのです*7e2。「マイクロポップ」の語は応用域が広く口当たりのよい新語として、またたく間に盛んに使われるようになりました。
ところで一部の美術家たちにとっては、1995年に太田出版から発行された『批評空間1995臨時増刊号 モダニズムのハード・コア-現代美術批評の地平』(共同編集=浅田彰・岡崎乾二郎・松浦寿夫)が、普通に必読書だったようです。同書は磯崎新、柄谷行人、浅田彰、岡崎乾二郎による共同討議「モダニズム再考」を冒頭に据え、クレメント・グリーンバーグやマイケル・フリードほかの教科書的な1960年代の重要文献の邦訳を初めて掲載、ジョセフ・コスースへのインタビューのほか、岡崎乾二郎や松浦寿夫の評論等も盛り込まれていました。日本の美術界の内部には1980年代から90年代にかけてフォーマリズムが追求された文脈がありましたが*7e3、本書が読まれることによっても、引き続き2000年代にも遅れてきたモダニストたちが登場し続けました。共同編集者の一人である岡崎乾二郎自身はポストミニマルな作風ですが、1980年代から90年代にかけてはBゼミ(という美術学校、2004年閉校)、2000年代後半は四谷アート・ステュディウム(2004年-2013年)を拠点に、一定の影響力を美術内美術の場で発揮し続けています。
そうでなくとも、あからさまなポストモダンには与しない立場の展覧会はいくつもありました。2006年、府中市美術館で行われた「第3回府中ビエンナーレ 美と価値:ポストバブル世代の7人」では、「自己に内在する感性(美)と、外在する論理(価値)との整合性をはかれるか」との観点から大竹敦人、窪田美樹、小林耕平、境澤邦泰、豊嶋康子、松井茂、森本太郎が紹介され、彼らの作品の中に1970年代美術と共通するコンセプチュアルな要素が存在することが示されました*7e4。2008年には、西武鉄道旧所沢車両工場で「所沢ビエンナーレ・プレ美術展2008 引込線」が美術家主導の企画として行われ(16名が出品)、2009年には第1回展(36名が出品)、2011年以後も会場や方式を変えつつ隔年継続中です。本展の特徴の一つは論文集を兼ねたカタログが会期後に出版されることです(プレ展カタログには15名、第1回展カタログには28名が寄稿)。また、アーティスト・ランという方式も美術内美術の追求を可能とします。写真家の北島敬三らが2001年に始めたphotographers’ galleryや、画家の境澤邦泰らが2002年に始めたART TRACEは、ギャラリー運営のほかに出版活動、林道郎や松浦寿夫を招いた講演会等を手がけます。2008年に展覧会の試みとして「組立」を開始した画家の永瀬恭一も出版活動を行いますが、彼らの出版物からは『モダニズムのハード・コア』の影響が見え隠れします*7e5。
ほかに多様性時代を形作った美術家や集団で、固有名を挙げておきたい筆頭は2005年に結成されたチン↑ポムです。頭の良い不良少年少女ぶりでニュータイプ・ゲリラ・アートを大規模に展開。そして2002年に「God Bless America」を発表した高嶺格、物理現象を用いる名和晃平、ネオ受験絵画のエッセンスもあるO JUNほか、挙げていけば枚挙にいとまがありません。
【未訳】1995年に始まった多様性の時代は・・・[固有名]The Door into Summer -The Age of Micropop, Contemporary Art Gallery, Art Tower Mito, The 3rd Fuchu Biennial - On Beauty and Value: Seven Artists of Post-Bubble Generation, Fuchu Art Museum, Pre-Exhibition Tokorozawa Biennial of Contemporary Art SIDING RAILROAD [訳者用資料] 7a_14100101.pdf
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