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付録1:デジタルネンドならではの新感覚立体実作例
文:中ザワヒデキ(マルチメディアアーティスト)
リード:
このたびアスク講談社から発売された3Dツール「デジタルネンド」は、世界初のビットマップ概念に基づくツールであるだけでなく、種々の新しくかつ普遍的な特徴を有しています。この種々の特徴を利用して、さまざまな「デジタルネンドならでは」の新しい3次元造形物を作成することができます。ここではそのような実践実作例について、製品にあらかじめ登録されている「スタンプ」(*)を参照しながら概説します。なお本稿は、私の記したテキスト「視覚芸術史における『デジタルネンド』誕生の意味」を補足する付録として書かれたものです。
目次:
(*)スタンプについて
A:内部構造を持つ立体物
B:アニメーションの立体物
C:立体だまし絵
D:立体アミ点
E:立体オプアート
F:その他(ジャギー立体物、直交平面の組合せ、プラトン図形、2コママンガ立体、アルチンボルド効果立体、立体アクションペインティング)
(*)スタンプについて
製品にあらかじめ登録されている「スタンプ」は、本製品の場合、通常のペイントソフトにおけるスタンプというよりは、むしろ作例に近いものが多くなっています。1面16個のスタンプが5面で1セットとなっており、さらにそれが計5セット、すなわち16X5X5=400個のスタンプが、すでに「プリセット1」から「プリセット5」までに登録されています。さらにそのほかに「ユーザーエリア」が1セット分だけ解放されており、ここにユーザーは自由にスタンプを80個まで作成し登録しておくことができるようになっています。各プリセットの概要は以下の通りです。
・プリセット1……各種幾何学図形(制作は私の会社アロアロインターナショナルの塚野里子と私)
・プリセット2……人、動物、乗り物、食べ物など(制作はアスク講談社さんの、実質的には小西幸子氏と尾形秀夫氏)
・プリセット3……食べ物、海の中、ジオラマなど(制作はアスク講談社さんの、実質的には小西幸子氏と尾形秀夫氏)
・プリセット4……アルファベット、ひらがな、記号(制作はアスク講談社さん)
・プリセット5……デジタルネンドならではの新感覚作例(制作はすべて私)
なお、以下の文章中で「スタンプ5-1-15」とあった場合、それは「プリセット5の、1面目の、左上から数えて15番目のスタンプ」を意味する事とします。各スタンプの名称は、本製品ユーザーズガイドの巻末カラーページに一覧が載っています。
●●A:内部構造を持つ立体物
■要約:
初のビットマップ3Dソフトである「デジタルネンド」は、ビットマップ概念ということから必然的に、内部構造を持つ立体物を作成するためのツールであると帰結できます(従来のオブジェクト図形方式の3Dソフトでは表面構造しか作成できなかったのです)。したがって初の内部構造を持つ立体物ならではの種々の遊び方や用途があるだけでなく、内部構造を可視化するための「スライスモード」ならびに「ぱらぱらウィンドー」の存在により、内部構造に言及せずにはいられなくなるような新しい3次元感覚をも呈示しているのです。
■キーワード:
トポロジーの制約、4次元、ピエール・マンゾーニ、レントゲン写真、CTスキャン、プラスティネーション、宝探し、サブリミナル効果。
■スタンプ実例(◎図版例):
[a]単体もの---「◎5-2-05/人体頭部」「◎5-2-06/人体胴部」「◎5-2-07/人体上肢」「◎5-2-08/人体下肢」「5-2-09/女の子全身」「5-2-10/男の子全身」「5-2-11/男の子頭部」「5-2-12/女の子頭部」「5-3-06/パンダ頭部」「5-4-15/蟻の巣」「5-4-16/立体迷路」「2-3-02/2階だてバス」「2-3-13/ロボット」「2-3-15/デスクトップパソコン」「2-4-05/卵」「2-4-06/スイカ」「2-4-07/ピザ」「2-4-08/ケーキ」
[b]セットもの---「3-1-01〜16/サンドイッチセット」
■鑑賞モード:
ぱらぱらウィンドー、スライスモード、ふかんモードで範囲選択後削除または移動、ふかんモードで透明色ペンキ、ふかんモードで「Vキー奥行表示」。
■解説:
「5-2-05/人体頭部」「5-2-06/人体胴部」「5-2-07/人体上肢」「5-2-08/人体下肢」などは「内部構造を持つ立体物」の、もっとも単純な例です。3レイヤーあれば前面と後面の間に中身のレイヤーを一層作ることができます。「ふかんモード」「ビューワー」「ぐるぐるウィンドー」では、そのままでは中身があることはわかりませんが、デフォルト表示してある「ぱらぱらウィンドー」に一瞬骸骨や骨格が現れるので、ユーザーは中身の存在に気付くこととなります。もっとよく見たければ「スライスモード」にすれば完璧に状況を把握できるわけでしょう。
このように、「ビューワー」と同様の状態でしかない現実3次元界におけるわれわれの目にとって、トポロジーの制約ゆえ中身にたどり着くことのできなかったピエール・マンゾーニの「芸術家のウンチ」(缶詰の中にそれが入っているはずのもの)は、「デジタルネンド」の世界においてはもはや成り立たなくなるわけです。その世界に対しユーザーは4次元的な存在となるからです。
「5-2-11/男の子頭部」「5-2-12/女の子頭部」においては、かなり不完全ではありますが、一応「厚みを持った中身」の実例とはなるでしょう。スタンプ位置をそのまま「スライスモード」で見れば、それは人体頭部のプラスティネーション前額断標本と相同なものとなるわけです。MRIでもこのような方向の撮影は可能です。そしてそれらを、さらに上方向に回転(「6」面が出るように)してやると、今度は「スライスモード」では、人体頭部のプラスティネーション水平断標本と相同なものとなります。通常のCTスキャンはこの方向です。ただし、お断りしたようにかなり不正確な作りであることをお許し下さい。
プラスティネーション標本という比喩は直接的で正確ですが、実はCTスキャンやMRIという比喩は、レントゲン撮影の比喩とともに、少々注意を要します。と言うのはCTスキャンやMRI、レントゲン撮影の場合は、対象人体に可視光線を浴びせてその図像を得ているわけではないからです。先にレントゲン撮影に関して述べれば、それは対象人体の皮膚を空気と同じく「透明」色として見てしまう、X線の光学的性質を利用した観察です。これと同様な事態を「デジタルネンド」で再現するには、先の「5-2-05/人体頭部」や、「5-2-11/男の子頭部」「5-2-12/女の子頭部」において、その皮膚に割り当ててあるマゼンタ(ピンク)色を透明色に置き換えてやればいいでしょう。具体的には「ふかんモード」でマゼンタ色に透明色をペンキして観察すると、レントゲン撮影で見た状態と同じ図像を得るわけです。そしてCTスキャンやMRIでは、X線や回転磁気による観察の結果がコンピュータ処理された結果として、すでに「スライスモード」の1レイヤーのように出力されている状態だというわけです。
この、内部構造言及型であることを実地に応用できる場面は多々あると思います。上述のような(人体)解剖学的な場面や、地層や星の内部構造を扱う地学的場面、さらには後述する鉱物の結晶構造の理解等にも役立てることができるでしょう。また「5-4-15/蟻の巣」「5-4-16/立体迷路」のように、中空の構造物も簡単に扱えるわけです。
日常的でわかりやすい事例としては、食べ物というジャンルもここであげておくべきでしょう。食べるという行為は食物の表面トポロジーを一口毎に破壊し、物体を最終的には腸壁で吸収できるように物質化するということですから(**)、たとえばアスク講談社さんが制作した「2-4-06/スイカ」「2-4-07/ピザ」「2-4-08/ケーキ」は、それを範囲選択ツールで適当な部分を切り分けたり、カットしたりする遊びにかなりリアリティをもたらすのです。ちなみにこれらは中身を見せるために1/4にすでにカットされたものが製品に収録されていますが、遊びとしてはその前段階である元の大きさのものからカットする方が面白いでしょう(ユーザーご自身で復元してみて下さい)。同じくアスク講談社さんが作成した「3-1-01〜16/サンドイッチセット」も、「デジタルネンド」ならではのわかりやすい食べ物遊びの例と言えます。パンにバターを塗り食材を挟んでもう一度パンを置き、90度倒して範囲選択ツールでカットすれば、食べかけのサンドイッチの断面が見えたりするというわけです。これは初めての「食べるオママゴト」という事態かもしれません。
さらなる遊び方面への応用例としては、「ふかんモード」等では直接には見えないことを利用して、宝探し遊びができることです。「5-2-12/女の子頭部」の中に、舌ピアスを見つけることが出来ますか? また、具体的作例としては用意されていませんが、ある方向から見たある断面にだけメッセージが隠されているという芸当も出来るはずでしょう。
ちょっと変わった使い道としては、「ふかんモード」で鑑賞するための外見をしていながら、「ぱらぱらウィンドー」で一瞬だけメッセージが現れるような仕掛けを忍び込ませておくこともできるということです。アスク講談社さんの作った「2-3-15/デスクトップパソコン」を見ていると、「デジタルネンド」に歓迎されているような気がしてくるかもしれません。サブリミナル効果的な使用法も考えられるというわけです。また「ふかんモード」では英語入力状態で「V」キーを押すことにより選択されているレイヤーのボクセルが表示されますが、その機能をうまく使って遊ぶこともできます。同じく「2-3-15/デスクトップパソコン」を、スタンプ位置において16番のレイヤー(Z=16)にカーソルを持っていき、「V」キーを押してみて下さい。
そしてこのような中身の見える事態に十分に慣れた「デジタルネンド」のパワーユーザーにとっては、内部構造ワザの無い作品などは、もはやつまらなく感じるようになってしまうかもしれないとさえ、予想されるのです。
(**)食べるという行為は食物の表面トポロジーを一口毎に破壊すること:
まったく余談ながら付け加えておくと、種々の「タブー」は「トポロジー破壊」という場面を指すことが多いと解釈できることに、私は気付きました。
植物と違って座標系に固定されない動物は、その肉体の表面トポロジーを自らのアイデンティティーとします。したがって動物ましてや人体を解剖したり、プラスティネーション標本を作ってしまったりするのは、ある種タブーとされる場合があるわけです(宗教によっては外科手術すらもタブーです)。またピアッシングが人によってはタブーとなったり、あるいは逆に多大な積極的な意味を持つのも、その表面トポロジーに直接変更を加えることがピアッシングの本質だからでしょう。すなわちピアスは皮膚を貫通し、肉体のその部位をドーナツ図形化するわけです。さらには菜食主義は、おそらくトポロジー破壊という事態に対するある嫌悪に由来するのでしょう。野菜を食べることとは異なり、「食肉」は、即「トポロジー破壊」であるからです。また多くの場面で「性交」がタブーとなるのは、性交さらには射精という事態が、動物のアイデンティティーとしてのトポロジーに変更を来たすことを、その本質とするからだと考えられます。どうしてそのことが時にそんなにタブー視されるのか、道徳的立場からの説明だけでは不可解だったのではないでしょうか。ちなみにこの観点から言えば、コンドームは目に見える形でギリギリのトポロジー的アイデンティティーを保とうとする器具であるため、単なる避妊具や、エイズ予防といった以上の意味を有することがわかります。コンドームが時にスキンと言われるのは、ある意味で示唆的です。まさしく皮膚はトポロジーの最前衛であり、その部位は医学的にももっとも複雑な免疫活動の場ですらあるです。皮膚疾患が他の部位の疾患に比べて劇的な印象を見る者に与えがちなのは、病変部位が見えるからといった理由以上に、それが即「トポロジー破壊」を想起させるからではないでしょうか。
このような動物のアイデンティティーとしてのトポロジーの話は、肉体にまつわる表面トポロジーだけでなく、精神的な心理学の領域にも簡単に応用できるでしょう。たとえば自我意識とは自我というトポロジー領域のことと解釈できますから、そのトポロジーの破壊が心理外傷「トラウマ」と呼ばれるものだったりするわけです。もっと卑近には「プライバシーの侵害」というような事態も、トポロジー概念からの理解が早道でしょう。さらにこのようなトポロジーの概念は、民族問題や人種問題等、社会学の領域にも応用できます。人種差別が起こる理由は、そこに不可視のトポロジーが存在しているからです。そのトポロジーを守ろうとする衝動が差別意識を生むのです。また複数の民族がなかなか共存しがたかったり、1つの民族が分断されることを嫌ったりするのも、トポロジーによる説明が可能でしょう。そしてこれらの社会集団的トポロジーの強固さに反抗する立場が、原子論に即したアナーキズムだと考えられるのです。トポロジーとはどのみちその本来の性質として、神聖にして侵してはならない結界であるというわけであり、にもかかわらずそれを侵そうとするものが、タブーとされるのです。
「トポロジー破壊」の極限的状況とは、単体として屹立していた物体が、ただののっぺりした完全な物質と化してしまうという状況なわけです。具体的に言えば、たとえば動物にとっての断末魔は他の動物に食され消化されるということです(したがってそれが性交と一体の儀式となっているカマキリのオスこそは究極の至福を味わい得るのかもしれません)。われわれ人間が他の動物にとってのただの栄養物質となってしまうことは最近はほとんど無くなりましたが、ある意味ではその断末魔と隣り合わせにおびえながら生きることこそ、本来の動物としての生き方だったのかもしれません。ちなみにこのことを歌詞にして唄いあげているのが、岸野雄一「ハムになろう」という曲なのではないでしょうか。
●●B:アニメーションの立体物
■要約:
初の座標固定型ビットマップ3Dソフトである「デジタルネンド」は、固定座標のうちのz軸をt軸(時間軸)に置き換えて表示する機能を「ぱらぱらウィンドー」として備えています。「ぱらぱらウィンドー」(ならびにその拡大版である「大ぱらぱらウィンドー」)は、「スライスモード」で個別に表示される各レイヤーをパラパラマンガのように同一エリアにアニメーション表示します。したがってそれを逆手に取り、「ぱらぱらウィンドー」で鑑賞するためのアニメーションを作成するツールとして本ソフトを解釈することも可能なのです。そしてさらに言えば、その時「ふかんモード」や「ビューワー」に現れる奇天烈な立体物は、「アニメーションの立体物」とでも言うべきものなのです。
■キーワード:
パラパラマンガ、エティエンヌ・マレイ、マルセル・デュシャン、未来派、ジャコモ・バッラ。
■スタンプ実例:(◎図版例)
「◎5-4-13/未来派の犬」「2-5-13/風船」「2-5-14/汽車」「2-5-15/登る!」「2-5-16/花火」
■鑑賞モード:
ぱらぱらウィンドー、大ぱらぱらウィンドー、スライスモード、ふかんモード、ビューワー、「ぐるぱら高速」ON。
■解説:
「スライスモード」は本来、全世界を平面レイヤーにスライスして展開することにより、内部構造を含む立体物の正確な編集を行うことを可能とするモードです。つまり3次元空間は、2次元のxy平面をz軸方向に積み上げたものであるとの解釈に基づく、作業モードであるわけです。
この1つ1つのレイヤーをパラパラマンガのように同一エリアにアニメーション表示すれば、ちょうどCTスキャン画像のアニメーションのように、立体物の内部構造をより感覚的に把握しやすくなるでしょう。「ぱらぱらウィンドー」は、そのような目的を第一に期待されて設けられたのでした。さらにメイン画面とは別にそれを設けることにより、メイン画面が「ふかんモード」や「ビューワー」となっていても「スライスモード」の状態がモニターできるという、この上なく便利な事態ともなったわけです。
しかしこの「ぱらぱらウィンドー」を設けた時点で、z軸とt軸(時間軸)とは等価な価値を有することとなってしまったのです。上述の説明はまずz軸から発想し、それをt軸に置き換えるという発想でしたが、逆にまずt軸から発想し、それをz軸へと置き換えても何ら不都合は生じないというわけなのです。具体的に言えば、このツールを32コマのパラパラマンガアニメーションを作成するためのツールだと解釈し、「スライスモード」はそれらを1コマずつ個別に編集するためのモードと理解することすら可能なわけなのです(このソフトの発案の当初からその可能性を私は考えていました)。そしてさらに言えば、その時「ふかんモード」や「ビューワー」に現れる奇天烈な立体物は、「アニメーションの立体物」とでも言うべきものであり、ある意味では時間経過に依存しない限り把握できないアニメーションを、瞬時に感覚的に一目で理解するための「立体出力」であるという解釈までをも可能とするわけなのです。
この時間軸を可視化しようとする試みは、歴史的には1880年代からフランスの科学者エティエンヌ・マレイが、連続写真を使って行っています。彼の業績の中では特に、1887年に「かもめの飛行」というブロンズ彫刻を制作していることに、ここでは着目します。この彫刻こそは、初の「アニメーションの立体物」として特記されるべきものなのです。これはかもめが飛んでいく方向にその瞬間々々の像を定着していったもので、言わばz軸とt軸の方向が無関係ではなく完全に一致しているタイプのものです。学術目的で制作されているため、本人はこれを新感覚の視覚芸術とは解釈していなかった可能性がありますが、現代の目から見てもこの「かもめの飛行」の奇天烈さには、驚くべきものがあります。映画の父とも言われるマレイの研究は、その後の今世紀初頭におけるイタリア未来派の画家達や、未来派とは別個に時間軸に言及する作品を作ったマルセル・デュシャンに、絶大な影響を与えたのでした。
マレイによっていったんはz軸とt軸を一致させる立体物となったアニメーションの可視化という課題は、未来派やデュシャンにおいて、t軸すべてをz=0の同一平面に出力する絵画として定着されることとなりました。中でも有名なのはデュシャンの「階段を降りる裸婦」や、ジャコモ・バッラの「鎖につながれた犬のダイナミズム」です。前者においては階段の位置を視点座標に固定としたため、t軸方向とx軸(画面横方向)が裸婦から見た場合には一致する、言わば画面の外から見ると一人の裸婦が何人もいるようにも見えるような結果を生みました。後者においては犬の躯体を視点座標に固定としたため、犬は画布上では一匹に見えたまま、t軸はどの方向にも伸びてはいかない、すなわち純粋に時間変化によって位置を変える犬の足とランダムな鎖の動きだけが、同一平面上に重ねて描かれているという奇天烈な結果となっています。
そしてこのバッラの「鎖につながれた犬のダイナミズム」の同一平面上に描かれたt軸を、本来のt軸方向(犬の走って進んでいく方向)とはまるで無関係に、xy平面と垂直なz軸上に展開し直したようなものがこの「デジタルネンド」における作例「5-4-13/未来派の犬」であることは、もうおわかりいただけるでしょう。すなわちマレイの段階では運動物の空間における方向性と時間軸がまだ一致しており(しかもシャッター間隔が断続的で、空間座標軸と時間軸がまだ曖昧に同居していた状態でした)、それがバッラの段階でいったん時間軸が方向性を一切失い、そして本「デジタルネンド」に至って運動物の空間における方向性とはまるで無関係なz軸方向にt軸が展開されることとなったという次第なのです。したがって「ふかんモード」や「ビューワー」で見られるこの作例の立体としてのビジュアルは、マレイや未来派を踏まえながらもさらにそれを乗り超えた新しいビジュアルであり、ただし本ソフトにおいては同時に「ぱらぱらウィンドー」で完璧なそのアニメーションを見ることができるわけでもあるという、なかなか一言だけでは語り切れない事態がそこに現出されているというわけなのです。
アスク講談社さんが作った秀逸な「2-5-14/汽車」「2-5-15/登る!」「2-5-16/花火」は、むしろ「ぱらぱらウィンドー」で見られることだけを想定した完璧なアニメーションとして作られており、「ふかんモード」や「ビューワー」ではただの彩色立方体に過ぎません。しかし背景の空等に透明色をペンキすることにより、奇天烈な「アニメーションの立体物」を見ることができます。さらにこれらの作例を、90度回転してから「ぱらぱらウィンドー」で見てみても、なかなか名状しがたいアニメーションを見ることが出来たりするでしょう。
ここで挙げた「アニメーションの立体物」を鑑賞するモードとして注意を促しておきたいのは「大ぱらぱらウィンドー」の存在と、表示メニューにある「ぐるぱら高速」のON/OFFです。まず「ぱらぱらウィンドー」はあくまでメイン画面での作業の補助として、言わば車のサイドミラー的に付けられた補助モニタ画面に過ぎないわけですが、「大ぱらぱらウィンドー」に切り替えるということは補助であることを超えて観賞用のビューワーとしての意義を持たせるということであります。アニメーションの観賞用に、適宜切り替えてご使用下さい。そして「ぐるぐるウィンドー」と「ぱらぱらウィンドー」の高速ボタンは、さらに表示メニュー内「ぐるぱら高速」のON/OFFによって、速度を調整できます。この速度調整に関しては本当はもっといいインターフェースデザインができるはずですが、ここの機能は製品マスター上げのぎりぎり直前に出来てきたものなので、取り急ぎこのようなインターフェース仕様となっているのです。ともかくこの機能によって、自分の好みの速度に調整してお使いいただくことができるのです。
●●C:立体だまし絵
■要約:
「ふかんモード」さらには「ぐるぐるウィンドー」で採用されているオブリーク投影図法(偽立方体表示)を固定インターフェースとして受け入れることにより、たとえばある方向からは顔に見えても、他方向からはただの直線にしか見えない立体物などを作る事が出来ます。種々のヴァリエーションがありますが、ここでは「立体だまし絵」として一括します。
■キーワード:
マニエリスム、アナモルフォーズ、ホルバイン、ダ・ヴィンチ、(逆)トロンプルイユ、高松次郎、フェリーチェ・ヴァリーニ、オプアート、キネティックアート、ヴィクトル・ヴァザルリ、ヤーコブ・アガム、竜安寺石庭。
■スタンプ実例:(◎図版例)
[a]バラバラ分解錯視タイプ---「◎5-1-15/顔のバラバラ分解1」「5-1-16/顔のバラバラ分解2」「5-1-13/出入りする斜めの顔」「◎5-1-14/伸縮するおばさんの顔」
[b]斜方向マニエリスムタイプ---「◎5-2-01/顔のマニエリスム(辺1)」「5-2-02/顔のマニエリスム(辺2)」「◎5-2-03/顔のマニエリスム(頂点1)」「5-2-04/顔のマニエリスム(頂点2)」「5-4-07/横長野郎」「5-4-08/縦長野郎」
[c]弱い逆トロンプルイユタイプ---「5-1-09/三面よりなる顔(凹)」「◎5-1-10/三面よりなる顔(凸)」「5-1-11/緑仮面とは?」「5-1-12/黄色仮面とは?」
[d]半立体平面アガムタイプ---「5-4-01/顔スリット」「5-4-02/顔じゃばら」「5-4-03/顔アコーディオン」「5-4-04/顔屏風」「5-4-05/顔曲面(縦)」「5-4-06/顔曲面(横)」
■鑑賞モード:
ふかんモード、ぐるぐるウィンドー、「立体色表示」OFF。
■解説:
「デジタルネンド」ではもっとも基本となる作画モードである「ふかんモード」に、奥に1単位分進むとちょうど左上に1/2単位ずつずれていくような、通常の斜視図とは異なるオブリーク投影図法を採用しています。また、常にデフォルトで表示されている「ぱらぱらウィンドー」でも同様にこの図法が採用されています。この図法を固定のインターフェースとする事により、ユーザーにとってこの図法が大変自然な3次元感覚となるわけですが、そうすると特にこの図法ならではの立体物の「だまし絵」が、新しい感覚とともに有効となってくるわけです。ここに挙げたスタンプはそれらを示す格好の作例と言えるでしょう。
具体的には[a]バラバラ分解錯視タイプとさせていただいた中の「5-1-15/顔のバラバラ分解1」は、スタンプ位置では何の変哲もないただの顔の絵に見えますが、回転させるとそれが実はバラバラの棒からできていた事が明らかになるものです。現実界ではこのように見える特異的位置を探すのが大変であるだけでなく、パースがかかったり、影が付いたり、両眼視による遠近感があったりするために、このような立体造形物を完璧に作るのはほぼ不可能なのですが、本ソフトではこのように簡単に、しかも完璧に実現できるわけなのです。
次に[b]斜方向マニエリスムタイプとさせていただいた中の「5-2-01/顔のマニエリスム(辺1)」は、スタンプ位置では向かって左半分だけちょっとドットの感じのおかしい普通の顔のように見えますが、回転させると左半分はマニエリスム絵画に出てくるようなアナモルフォーズされたものだったことがわかります。たとえばホルバイン作「大使たち」の画面前面に描かれたよくわからない物体は、斜め方向から見ると完璧な頭蓋骨に見えたりするのですが、それと同様な仕掛けがこの作例にも見られているわけです。ホルバイン以外には、ダ・ヴィンチの横に引き延ばされた胎児のデッサンなども同様な例でしょう。ただしこの「デジタルネンド」での作例では、それらの古典絵画における例とは逆に、すでに斜めの位置に置かれていて錯視を起こさせるということが新たな事態となっています。通常2次元上で3次元イリュージョンを生じさせる精密画法をトロンプルイユと言いますが、それとは逆に3次元上で2次元イリュージョンを生じさせる「逆向きのトロンプルイユ」と、言い得るものかもしれません。特に頂点を中心に3面の逆トロンプルイユを実現している「5-2-04/顔のマニエリスム(頂点2)」を、「5-1-10/三面よりなる顔(凸)」の出来と比べてみても面白いかもしれないでしょう。ちなみに後者は、それほど錯視を意識した作りがなされていないにもかかわらず、名状しがたい本ソフトならではの感覚を呈示することに成功している[c]弱い逆トロンプルイユタイプと分類したものの一例です。
ここで鑑賞の際における表示方法の話を済ませておきましょう。純粋に数学的概念におけるビットマップの3Dという事態を考えた場合、2次元モニタ画面に映し出される画像は単なる3次元の投影図に過ぎないのです。そして特にこれらの「立体だまし絵」では、投影図のみが純粋に取り出されることが目的とされているわけですから、実際の現実界における立体物を再現するための種々の効果(影付け、ボクセル枠表示等)はかえって邪魔だという事になります。具体的に言えば、デフォルトで「ON」になっている表示メニューでの「立体色表示」を、この場合には「OFF」にした方が錯視が完全なものとなるでしょう。是非ここでは、立体色表示をOFFにして、「ふかんモード」で適宜回しながら鑑賞してみて下さい。
[c]弱い逆トロンプルイユタイプの話に戻りますと、ここにある作例は前述のようにそれほど錯視を意識したアナモルフォーズ等の作りがなされていないにもかかわらず、立体色表示をOFFにすることによってさらに名状しがたい存在感の増す、本ソフトならではの作例です。平面の顔として鑑賞できるような、できないような、3次元と2次元のはざまの不思議な感覚に裏打ちされているものなので、ここでは「弱い逆トロンプルイユ」ととりあえず命名しました。
なお[b]斜方向マニエリスムタイプとさせていただいた中の「5-4-07/横長野郎」についてですが、これもスタンプ位置では直線に見えるように工夫のなされた、言わば強い逆トロンプルイユタイプです。同様の事態はすでに高松次郎の錯視に関する一連の仕事(「立方体3+3」「遠近法のテーブル」等)で現出されており、またフェリーチェ・ヴァリーニの、ある定点から見ると風景の中に円や直線が描かれている一連の作品群ともほとんど同様と言えるでしょう。
そして[d]半立体平面アガムタイプですが、たとえば「5-4-01/顔スリット」は、スタンプ位置からだと間隙の空いた白い顔に見えますが、180度回転させると 間隙の空いた黄色い顔にしか見えないものです。また「5-4-02/顔じゃばら」では、90度ずつ回転させることにより、顔の表情がいろいろ変化するように見えます。実際にはこれらの例は「スライスモード」で確認できる2つのレイヤーの組合せでしかないのですが、このような見る方向によって違う視覚的効果を得ようとする平面と立体の中間領域における試みは、オプアートとキネティックアートの接点に位置するヤーコブ・アガムの作品をほうふつとするものでしょう。さらにヴィクトル・ヴァザルリが近年になっててがけている、これも平面からの発想の延長形と考えられる種々の「オプアート立体」とも通ずるわけで、視点による投影図の変化というテーマにおいては、竜安寺の石庭などさえ思い起こされていい事態なのです。
●●D:立体アミ点
■要約:
初の内部言及型ビットマップ3Dソフトである「デジタルネンド」は、物質を方眼単位で規則的に立体状に並べることができ、それによりたとえば規則正しい鉱物の結晶構造を再現することができます。つまり2次元平面上のグラフィックスとしてしか実現されていなかったアミ点やスクリーントーンというものを、3次元立体上のグラフィックスとして展開することを初めて可能にしたツールであるということができるわけで、しかもそれを鑑賞するための各種表示モードも揃っているのです。
■キーワード:
結晶構造、食塩(NaCl)型、アミ点、スクリーントーン、ロイ・リキテンシュタイン、原子論、バカCG、シュポール/シュルファス運動、ミニマルアート。
■スタンプ実例:(◎図版例)
「1-5-09/立体網点(密度0.5)」「◎1-5-10/立体網点(密度1)」「1-5-11/立体網点(密度2)」「1-5-12/立体網点(密度3)」「1-5-13/立体網点(基本密度4)」「1-5-14/立体網点(変形密度4)」「1-5-15/立体網点(食塩タイプ)」「1-5-16/立体網点(ランダムカラー)」
■鑑賞モード:
ふかんモード、スライスモード、ビューワー、ふかんモードまたはビューワーにて「拡大表示」(200%/400%)、ビューワーにて「連続回転キー」ON。
■解説:
ビットマップとはデモクリトス的な原子論(分子論)に基づく考え方ですが、本ソフトの依って立つ「ビットマップ3D」ということゆえの特徴が最大限に発揮される状態の1つが、ここに挙げる「立体アミ点」です。
「1-5-10/立体網点(密度1)」は、オブリーク投影図法を採用している「ふかんモード」で見ると、規則正しく配列された平面のアミ点のように一瞬見えます。しかしそれは、ちょうどこの投影図法によって奥のドットと手前のドットが重なっているからそう見えているのであって、実際には「スライスモード」で確認できるような「立体アミ点」なのです(竜安寺石庭のように前後に重なっているのです)。さらに具体的に検討すると、両端を数えに入れた場合一辺の長さが5の立方体の8つの各頂点に赤いドットが配置されているというタイプであるため、結晶学の考え方を応用すれば頂点の比重は1/8ですから、(1/8)X8=1となり、単位格子あたりの密度は1と計算できるわけです。なおこれは規則正しくどの方向からも等価に配置された「立体アミ点」であるため、「ふかんモード」では回転させても見え方は変わりません。
この各ドットの強調され具合が面白いとしたら、それは1つにはロイ・リキテンシュタインがわざわざ絵の具という物質のイリュージョン性を明らかにするために、必要以上にアミ点のドットを大きく強調したことと同様な面白さだと言うことができるでしょう。原色しか使わなかったリキテンシュタインにとって、アミ点の使用は一種の還元主義だったはずです。すなわち視覚レベルでの原子論であったはずなのです。また、1990年頃「バカCG」と呼ばれていた私の作風……必要以上にドットを大きく強調し、時にアミ点を多用したペイントソフトによるCG絵画……における、同様な還元主義的考え方とも通ずる事態であるはずです。この「立体アミ点」は、その還元主義の基本をなす単なるアミ点という事態を、見慣れた平面物ではなく立体物として呈示し、かつ低解像度の大きいドット状態で強調しているというわけなのです。
ちなみにここで述べさせていただくと、モノクロ時代の初期のマッキントッシュのペイントツール(MacPaint等)にあったアミ点やスクリーントーン等の機能は、このような観点から言って大変興味深いものでした。しかしその時代にはそれらは単なる「色の代用品」「グレーの代用品」としてしかユーザーには認知されなかったのであり(開発者の意図は不明)、その後のカラーのペイントツールの登場とともに、そのビットマップツールならではのアミ点の重要性は、現在ではほとんど忘れ去られてしまっています。
次に「1-5-14/立体網点(変形密度4)」においては、結晶をなす各分子(?)の単位は1x1x3の直方体となっており、それがちゃんと3方向に等価に置かれることによって、回転しても見え方が変わらないという結果となっています。これはアミ点の単位を1種類の単位立体方眼と必ずしも一致させなくてもよい1つの応用例です。同様な応用は、2種類以上の色を使うアミ点という方向にも発展させることができ、「1-5-15/立体網点(食塩タイプ)」はまさにその1つであると言えるでしょう。ここで赤色のドットをNa+イオン、シアン色のドットをCl-イオンと解釈すれば、そのまま食塩(NaCl)の結晶構造がここに実現されていることに気付くことができます。すなわち現実界における化学物質の結晶の構造は、まさにこのビットマップ3Dソフトによって、やっと簡単に再現することが出来るようになったのだと言うわけです。
「1-5-16/立体網点(ランダムカラー)」は、「1-5-10/立体網点(密度1)」の各ドットに、ランダムに各種の色を配置したものです。従って向きによる見え方の一定性が失われてしまっていますが、この作例は見た瞬間にシュポール/シュルファス運動や、ある種のミニマルアートを思い起こさせてくれるビジュアルであると言えるでしょう。もともと一部のシュポール/シュルファス運動やミニマルアートは、世界をビットマップ方式で解釈し、その単位方眼の大きさを拡大する方向の還元主義運動だったわけですから、ドットを規則正しく配置しただけの「立体アミ点」がそのように見えるのは無理からぬことです。また色彩的にもシュポール/シュルファス運動やミニマルアートは点描主義よろしく、色や光の構成要素である原色を使う傾向が一部にあり(このためこの文脈においてもリキテンシュタインをミニマリストとして解釈することが可能となるのです)、本ソフトでくしくも絞り込んだ9色が透明以外すべて原色(RGBCMY+白+黒)であることと相関して、この作例が見た瞬間にそれらをほうふつとするのもゆえなきことではないでしょう。
ちなみに参考作例として、「5-5-01/基本の8色対角線配置」「5-5-02/基本の8色ねじり配置」「5-5-03/基本の8色水平線配置」「5-5-04/基本の8色頂点配置」の4つをここで挙げておきます。これらは「立体アミ点」ではありませんが、まさに還元主義的な物質単位をそのまま呈示しただけのミニマリスティック、かつシュポール/シュルファス的な作例です。
最後にこれら「立体アミ点」を鑑賞するに際しての表示モードについてですが、「ふかんモード」においては前述のように投影図的に各ドットが竜安寺の石庭よろしく前後にぴったりと重なってしまうという面白さがあります。90度回転しても見え方がまったく同じだったりすることの確認にも向いているモードと言えるでしょう。「スライスモード」では、「ふかんモード」では確認できなかった全貌を見渡し理解することを可能とします。密度計算等は「スライスモード」での把握が不可欠となるでしょう。「ビューワー」では、とたんに混沌としたビジュアルが得られることと思います。ドットが規則正しく整然と配置されているアミ点であるにもかかわらず、それが3次元立体化されたというだけで、見る方向によってはほとんどただの混沌にしか見えないことを、新しい感覚として体験できるでしょう。
なおアミ点というものは本来、全世界枠を超えてどこまでも同じ規則を持って広がっていくことを本質としています。本ソフトでは全世界のサイズが32X32X32と決まっておりますが、その限界を感じさせないように見る方法が「拡大表示」なのです。200%もしくは400%にして鑑賞すると、枠の限界が気にならなくなります。さらに邪魔なら表示メニューの「全世界枠」もOFFにしてしまっていいでしょう。なお「ビューワー」で200%や400%の拡大表示としたまま「連続回転キー」をONにすると、今までに見たこともないような名状しがたいオプアート動画がモニタ上に現出します。後述するオプアートとミニマリズムは、位置的には近しいのです。
さらに、これらスタンプは重ねて置くことができるように設計されていることを付け加えておきましょう。種々立体アミ点を組み合わせて新種のアミ点を作成することも簡単に行えますので、興味を持たれた方は各自お試し下さい。クリアしたいときは「コマンドA」で全世界ボクセルを選択して削除するか、「コマンドN」で新規ファイルを作成します。
●●E:立体オプアート
■要約:
初の内部言及型かつ時間軸出力型ビットマップ3Dソフトである「デジタルネンド」は、鮮やかな色彩物質を方眼単位で規則的に並べることを可能にし、さらにレイヤー毎に並べ方を規則的にずらしていく等の方法により、オプアート的な視覚刺激度の高いビジュアルを「ぱらぱらウィンドー」でアニメーション表示することを可能にします。その立体物は外側からはきれいな表面を持つただの立方体にすぎないかもしれませんが、内部的には視覚刺激度の高いテンションを備えている「ある物体」なのです。そしてこれら多くの例では、世界を90度回転させアニメーションにおけるt軸の向きを変えたところで、また似たようなオプアート的アニメーションを得ることが出来るのです。
■キーワード:
オプアート、ビデオドラッグ、網膜直接刺激、ドラッグレスサイケ、ヴィクトル・ヴァザルリ、ブリジット・ライリー、フランク・ステラ、ピーター・ハリー、中原浩大。
■スタンプ実例:(◎図版例)
「5-5-07/市松アニメーション」「5-5-08/斜めストライプ」「5-5-09/正方形ストライプ(小)」「5-5-10/正方形ストライプ(大)」「5-5-11/網膜刺激棒」「◎5-5-12/全世界網膜刺激」「1-3-01/カラー球(直径08)」「1-3-02/カラー球(直径16)」
■鑑賞モード:
ぱらぱらウィンドー、大ぱらぱらウィンドー、スライスモード、「ぐるぱら高速」ON。
■解説:
前項「立体アミ点」で見たような「規則的な配置」という考え方を、さらに網膜刺激という方向に過剰にしたものが、ここで述べる「立体オプアート」の解釈の1つでしょう。すなわち1960年代に一世を風靡したオプアートは、同時代のミニマルアートを網膜刺激という方向に過剰にしたものであるということを、「デジタルネンド」は示唆してくれさえするのです。従来の2次元のビットマップツールでは、画面の解像度はWYSIWYGよろしくモニタ管面の解像度と同じ72dpi(マッキントッシュの場合)という細かいものだったので、この「アミ点からオプアートへ」という観点は従来のペイントソフトの文脈ではあまり意識されてきませんでした。しかしこの「デジタルネンド」は低解像度でドットの1つ1つが大きいということから、逆にこの「ミニマルアート〜オプアート連関」に、より気付きやすくなったと言えるのです。「デジタルネンド」に用意された色が原色ばかりだということも、この事態にさらに拍車をかけるものでしょう。
そして実際、オプアートの代表作家であるヴィクトル・ヴァザルリやブリジット・ライリーは、共に初め白と黒だけによるモノクロの「アミ点」的な作品を数多く制作する一定期間を経た後、強烈な色彩を多用するいわゆる「オプ・アート」的な作品を制作するに至っています。「ミニマルアート〜オプアート連関」はすでに60年代に具現されていたわけなのです。またオプアートの作家とは見なされませんが、代表的なミニマルアーティストと目されるフランク・ステラも、初期はモノクロのストライプの繰り返しから出発し、やがて原色のストライプの繰り返しへと移行しています。ミニマルアートとオプアートに厳密な境界線を引くのは難しいところでしょう(一応ステラのストライプを意識して制作された立体版ステラとでも言うべき作例は「5-5-10/正方形ストライプ(大)」です)。
なお本稿における「立体アミ点」と「立体オプアート」の具体的違いとしては、「立体アミ点」では透明物質の中に色彩物質が浮いているのを基本形とするのに対して、「立体オプアート」では全部のボクセルが色彩物質であることを基本形とすることを、挙げておかなければなりません。前者はそれゆえ「ふかんモード」や「ビューワー」で鑑賞できますが、後者はむしろ「ぱらぱらウィンドー」での鑑賞に適するものとなっています。これは2次元のアミ点とオプアートを見ているだけでは引き出しようにない、3次元ならではの事態と言えるでしょう。
具体例を見ましょう。「5-5-12/全世界網膜刺激」はかなり単純な規則にのっとって色彩物質を配置しているだけに過ぎないながらも、「スライスモード」で見るどのレイヤーも、オプアートをほうふつとするものとなっています。そしてさらには、同一レイヤー内だけでなく隣接するレイヤー間にも十分規則性が保たれるように工夫してありますので、結果として立体的にもオプアートをほうふつとするものとなっています。具体的にそれはどういうことかというと、「ぱらぱらウィンドー」さらには「大ぱらぱらウィンドー」で「ぐるぱら高速」ONとすることにより、網膜刺激的なオプアートのアニメーションが鑑賞できるということです。そのアニメーションは、いわゆる「ビデオドラッグ」(***)を思い出させてくれるかもしれません。つまりこれは「ビデオドラッグ」の立体物と解釈できる事態なので、開発中のわれわれはよく冗談で「ネンドドラッグ」などという言葉を飛び交わしていたのです。
そしてこの「オプアート立体物」のさらなる特徴は、これはまったく立体的な規則性ということだけに由来するものですが、たとえば90度回転して「ぱらぱらウィンドー」で見たとしても、オプアート的アニメーションがそこにまた現出するということです。
前に述べた「B:アニメーションの立体物」では、xy平面に対してz軸を特権的にt軸と相関させていましたが、本来x軸、y軸、z軸はそれぞれ対等で等価なものであるはずです。すなわちどの軸をもt軸に置き換えることができるわけであり、それが極めて簡単に操作でき確認できてしまうという点で、この「オプアート立体物=ネンドドラッグ」は、単なる「ビデオドラッグの立体物」を超える事態を現出することになったと言えるでしょう。時間軸の方向性すら可変なのです。
最後にここで、中原浩大のレゴブロックを使った作品について言及しておきましょう。本「デジタルネンド」はネンドを標榜しながらも、その低解像度性と立体方眼ならではのギザギザは、もちろんおおいにブロックを思い出させるものなのです。そして逆に、まさに大量の実際のレゴブロックを使って、ネンド状の立体物を呈示四得たのが中原浩大でした。1990年に発表された「無題」とされている同作品では、ある方向からはたんなるギザギザしたカラーネンド様に見えるものの、その背面に回ると断面がまさに「5-5-08/斜めストライプ」に見えるような箇所があります。内部構造がはたして立体的規則性を有しているかどうかわれわれは知るべくもありませんが、レゴブロックというある色彩物質を使った当然の結果として、オプアートという方向性がすでに無意識的にしろ現出していたことを物語るものかもしれません。
(***)ビデオドラッグ〜シミュレーショニズム
「ビデオドラッグ」について説明を加えておくと、このシリーズは1990年頃に(株)アスク講談社から発売されたオプアート的なビデオ作品群で、典型的には網膜刺激を目的とする映像が、聴覚刺激的なテクノサウンドとともに鑑賞されるものでした。意義としてはもちろん当時のネオテクノやドラッグレスサイケの文脈を踏まえており、発売後すぐに日本のサブカルチャー界でブームとなり他社の追随を生んだものでした。私はこの「ビデオドラッグ」に端的に現れているような当時の現象を60年代サイケムーヴメントの90年代型リバイバルととらえており、さらに美術史的には1910〜20年代のシュールレアリスムの再々来だと考えているのです(今まで発表した多くの文章でそういった意味のことを述べています)。つまり、実は戦前の未来派にすでにオプアート的要因が多くあったことや、いわゆる60年代のオプアート、そして90年代前半期を特徴づけるネオテクノの文脈は、「理性によって解釈し、感動する」ことを拒否する単純網膜刺激の効果として脱日常、現世否定のリアリティを期待する一種のリアリズム(シュールレアリスム・ヌーヴォーレアリスム・ヴァーチュアルリアリティ)であったというわけです。
そしてさらにはそのネオテクノとほぼ同時代に、ヴァーチュアルリアリティを裏打ちする形で出現していたシミュレーショニズムの一分野でネオ・ジオと称される傾向がありましたが、そのネオ・ジオの代表作家の一人であるピーター・ハリーはミニマルアーティストのフランク・ステラを優れたシミュレーションアーティストだと解釈する論文を発表しており、その中では色彩概念と色彩物質の関連性が述べられているのです。すなわちステラが「キャンバス上に赤を置く」と言った場合、それはしかし「その概念上の赤にもっとも近い発色をしている絵の具物質を探してきて、それを置く」ことを指しているに過ぎず、すなわち「絵の具は、赤の代用品にすぎない」、したがって「シミュレーションである」という論理です。シミュレーショニズムとは、世界はシミュレーションとしてしかありえないことを自覚する立場に立った一種のリアリズムであるわけです。ここで示されたことはパソコンのペイントソフト上で実現される色彩について考えてみる場合、アナログ界における例よりより的確で純粋なモデルとなっていることがわかるでしょう。特に72dpiというWISIWIGを実現したことによりそのことに無自覚でいられた2次元のペイントツールに比べて、低解像度でしかもネンドという物質感をわざわざ強調するネーミングの「デジタルネンド」において、より切実性を増す結果となっているのです。
具体的にコンピュータの本質は、大量計算でしかありません。それに意味を持たせるのは設計したり、使ったりする人間側の勝手であって、たとえば「デジタルネンド」の設計においては、私は色彩に関して、RGBCMYの6色はたんなる理論的原色の数値をボクセル前面色に採用しただけです(C=G+B、M=B+R、Y=R+Gとしてあります)。これはコンピュータにとっては数字にすぎず、たんにモニタ上でRGBがどう割り当ててあるかだけによって、それぞれの色にたまたま見えるに過ぎません。すなわち別に他の色でも構わず、あるいは色を指し示す数値でさえなくても構わなかったのです。したがって各立体方眼をそれぞれ色彩物質だと解釈するのは人間側の都合に過ぎず、したがって「デジタルネンド」自体がヴァーチュアル・リアリティというシミュレーショニズムの産物であることはそもそも否めないというわけなのです(大体、どのユーザーのディスプレイも発色が異なるはずです)。
さらなる話をすると、このRGBCMYの6色のボクセル前面色に関してはまだ論理的に選ばれた数値ですが、ボクセル上面色、ボクセル側面色はたんに感覚的に立体感を演出するために、適当に私が勝手に選んだ色番号にすぎません。したがって完璧主義の立場からは、無い方がいいようなものなのです。表示メニューでわざわざ「立体色表示OFF」を選択できるようにしてあるのは、そのような(私も含めて)完璧主義者のためでもあるのです。さらに白色ボクセルと黒色ボクセルに至っては、デフォルトの背景色を白にしたかったことや、上面・側面色との兼ね合いからしょうがなく、完璧な白と完璧な黒の数値をボクセル前面色に採用するわけには行きませんでした。
したがってオプアートが原色を好んだ理由ですが、まず第一にこのようなシミュレーショニズム的結論からは、「別にどんな色だっていい」したがって「原色でも構わない」という立場であるのでしょう。その上で理性的な意味のためではなく、単純に網膜刺激という結果を得るためだけに、原色が選ばれたのに過ぎないということだと思います。あるいは色が記号にすぎないことを明確にするための原色だったとさえ言い得るでしょう。
なお余談ながら、実はこのアスク講談社内の「ビデオドラッグ」開発チームが、そのまま本「デジタルネンド」開発チームへと移行しているのです。大体、私がアスク講談社さんと仕事をするきっかけになったのは、もとはと言えば私が「バカビデオドラッグ」という「ビデオドラッグ」のパロディ作品を、アスク講談社さんとは無関係に発表したのが、そもそものきっかけとなっているのでした。
●●F:その他
詳述していればきりがありませんので、上記に書ききれなかったことを簡単にここで箇条書きすることとします。
■[a]ジャギー立体物
当たり前と言えば当たり前すぎるので詳述はしませんが、かつての私の2次元ペイントツールでの「バカCG」同様、ジャギーがでるということこそ重要なリアリティーなのです。広告物に使うために制作した「5-5-14/デジネンたこ」では、それをあらわにしようと意図しました。
■[b]直交平面の組合せ
厚みが無くても、ぺらぺらの平面が90度ずつに直交するような簡単な作りのものでこそ、逆に3次元ということの驚きが明らかになるというものです。私が「デジタルネンド」で初めて作った作品が「5-3-02/赤鬼」ですが、これを90度ずつ上下左右時計反時計方向に回転するだけで、3次元ツールならではの驚きが味わえるというものです。「5-3-01/学生」等も同様。そして「5-2-13/四面顔ボックス1」のように、直交平面の組合せだけで名状しがたい新感覚立体を作ることさえできるのです。
■[c]プラトン図形
正多面体、準正多面体、正多角形等は本来オブジェクト図形方式の従来型の3Dツールが得意とする形態かもしれません。しかし本「デジタルネンド」ではオブリーク投影図法(偽立方体表示)を採用している「ふかんモード」「ぐるぐるウィンドー」を有するため、これらの図形がある方向からはきれいな直線になったり、きれいな二等辺三角形を呈したりします。また、そうでなくとも、純粋にプラトン図形は見て美しいものです。「1-4-01〜16」「1-5-01〜08」にそれらを用意しました。「1-5-01/斜めの正三角形(小)」などは、そういえばもの派の榎倉康二にも似た作品がありました。
■[d]2コママンガ立体
「ぐるぐるウィンドー」で回転して見るという事態のためだけの立体物。手前の面と奥の面で表情の変化する顔などを作ることが出来ます。「5-1-01/表情変化顔(男性1)」「5-1-02/表情変化顔(女性1)」「5-1-03/表情変化顔(男性2)」「5-1-04/表情変化顔(女性2)」「5-1-07/直交する顔イメージ」「5-1-08/平行する顔イメージ」等。
■[e]アルチンボルド効果立体
外からは黒雲のように見えても、「スライスモード」はそれがゴキブリ群であることを明らかにします(「5-4-10/ゴキブリ群」)。外から小さい白雲のように見えるので、「スライスモード」で見たら確かに「くも」でした(「5-4-11/小雲」)。
■[f]立体アクションペインティング
ペイントツールはもともとフリーハンド性をその本質としています。ということはフリーハンドということだけを過剰な内容としたジャクソンポロックのアクションペインティングは、ペイントツールでこそ再現すべきだということになります。「宇宙空間でマヨネーズチューブから自由に色彩マヨネーズをだしてる感じ」と形容される初の3次元ペイントツールである「デジタルネンド」では、したがって史上初の3次元アクションペインティングが可能となるということです。「5-4-14/立体アクションペインティング」はそのようにして作られました。
−以上− 中ザワヒデキ 1996.08.12第2版 記
*このテキスト「付録1:デジタルネンドならではの新感覚立体実作例」はテキスト「視覚芸術史における『デジタルネンド』誕生の意味」を補足する付録の1つとして書き上げられました。全文はまず96年7月31日に書き上げられ(第1版)、96年8月12日に改訂を加えた第2版が記されました。
・第1版(1996.07.31)---東京都写真美術館での「デジタルネンド」の展示(96年8月1日〜9月23日)に関連して配布された印刷物に掲載。
・第2版(1996.08.12)---中ザワヒデキのホームページ(http://shrine.cyber.ad.jp/~nakazawa/NAKAZAWA)上で96年8月12日より公開。ならびに96年11月8日にアスク講談社より発売された「デジタルネンド」(Windows版)製品CD-ROM内に収録。
*関連テキスト「視覚芸術史における『デジタルネンド』誕生の意味」「付録2:デジタルネンド・ネーミング裏話 」「付録3:立体プリンタについて」も、合わせてお読みいただければ幸甚です。
*中ザワヒデキのホームページ内に、さらに中ザワヒデキによるデジタルネンドのホームページをオープンしています(http://shrine.cyber.ad.jp/~nakazawa/NAKAZAWA/nendo)。アスク講談社さんのホームページ(http://www.ask.object-design.co.jp)ともども宜しくお願いいたします。
●アスク講談社さんのページ(デジタルネンド)へリンク●
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