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付録3:立体プリンタについて



文:中ザワヒデキ(マルチメディアアーティスト)

リード:
 このたびアスク講談社から発売された世界初のビットマップ3Dツール「デジタルネンド」の考え方を使って、ビットマップ概念出自の「立体プリンタ」を作ることができます。つまりたとえば「デジタルネンド」で作った立体の灰皿を、パソコンからボタン1つで実際にプリンタから立体物として出力し、灰皿としての実用に供することが可能なのです。少なくとも私はそんな「ハンディ3Dな未来」を具体的に思い描き、そのための立体プリンタの基礎的アイディアの発明をすでに完了しております。本稿では、後は実現を待つだけの、このビットマップ型「立体プリンタ」について記載します。なお本稿は、私の記したテキスト「視覚芸術史における『デジタルネンド』誕生の意味」を補足する付録の1つとして書かれました。

目次:
§1 前置き
§2 先行類似技術との違い
§3 発明の要は「立体インク」
§4 立体プリンタのノウハウ
§5 内部言及型配合プリンタ
§6 ハンディ3Dな未来
§7 「デジタルネンド」の実用的側面


●●§1 前置き
 「立体プリンタ」あるいは「3次元プリンタ」と言っても、なかなか人はイメージしてくれません。「デジタルネンド」の話の後に続けて「立体プリンタ」の可能性の話をしても、人によっては単に従来の2次元の紙を出力するプリンタから、3次元の立体データが2次元の写真となってプリントされるだけだと思っていたりします。あるいは、「デジタルネンド」開発チームの中では私はしょっちゅう「立体プリンタを作りましょう」と話していたわけなのですが、営業チームの人には単なる冗談だと思われていたりしたこともあります。
 それだけ「立体プリンタ」とは、ある人達にとっては見たことも聞いたこともない、突飛で空想的にすぎるアイディアなのかもしれません。しかし「デジタルネンド」自体のアイディアが実に単純な当たり前のアイディアでしかないのと同様、私の発案したビットマップ型「立体プリンタ」も、実に単純な当たり前のアイディアでしかないのです。当たり前すぎて、最初の発案がいつだったか正確には覚えていないほどですが、何度もおこなった「デジタルネンド」の開発ミーティングの比較的初期のある回において(ゆえに1995年春頃)、私から「このアイディアの実現性について話しておきたい」と言って、それ以前から暖めていた発案の概要をお話ししたことを記憶しています。そしてその場でプログラマーさん達から「確かに可能ですね、作れます」と言っていただいたものの、プロジェクトとしては具体的な話には進まないまま、それっきりとなっているようなものです。
 本稿ではその、私の発案したビットマップ概念出自の「立体プリンタ」について記します。このプリンタの基礎的アイディアの発明はすでに完了しており特許出願中ですが、なにせまだ1機も実現していないものなので、ここに書くことのできる内容も残念ですが限定されてしまうことをお断りしておきます。


●●§2 先行類似技術との違い
 実は「立体プリンタ」自体は世界初ではありません。光硬化性のポリマー樹脂を使うタイプのものがかなり以前からあり、日本では藤幡正樹氏の実作例によって1991年の年末頃に有名になったことがあります。
 そのタイプのものはオブジェクト図形方式で定義された3次元図形データを、その断面形状の樹脂液層を硬化させるという処理を繰り返すことによって、目的の立体物として得るというものです。つまりオブジェクト図形方式出自の立体プリンタと言って差し支えないでしょう(実際には2次元までがオブジェクト図形方式的で、残る1次元はどちらかというとビットマップ概念的)。このタイプの立体プリンタだと原理的には単一素材から単色の立体形状が生成され、要するに色彩のプリンタではなく形態のプリンタであり、トポロジー図形をそのまま得るためのプリンタと言っていいわけです。
 私の発案した立体プリンタはその原理とは全く異なるものであり、特定の立体インクを使うタイプのものです。そのタイプのものとしては世界初のアイディアかもしれません。現段階の諸技術で十分製作可能ですがまだ1機も実現していないばかりか、アイディアをきちんとした形で私から直接一般に向けて発表するのも、この稿が初めてとなります。
 その私の発案したタイプのものは、ビットマップ概念によって作られた3次元データを、その個々のドットに対応する「立体インク」をそのまま積み重ねることによって、目的の立体物として得るというものです。つまりビットマップ概念出自の立体プリンタと言って差し支えないでしょう。このタイプの立体プリンタだと原理的には複数素材から(透明を含む)複数色(材質)の3次元世界が生成され、要するに形態のプリンタではなく色彩(材質)のプリンタであり、所定の3次元空間世界を内部構造ごと得るためのプリンタと言っていいわけです。
 その原理に忠実にそのまま実用化すると、そのビットマップ型プリンタの場合はむしろ「配合」をおこなう立体プリンタとなるわけですが、それはもちろん設定次第でトポロジー的な「形態」を出力することをも可能とするのです。
 そして従来の2次元プリンタとの関係性で言えばオブジェクト図形方式出自の立体プリンタは大雑把に言ってポストスクリプト対応プリンタのようなものであり、ビットマップ型の立体プリンタはビットマップ方式プリンタのようなものであります。特に後者の例としてキヤノンの「FP-510SPA」などを、ご存知の方は想定していただけると理解が早いでしょう。同機は160または80dpi固定でビットマップのPICTデータしかプリントできない初期のインクジェット方式のカラープリンタでしたが、そのビットマップであることのWYSIWYGは逆に最近のプリンタより優れていたと思います。そして私の発案のビットマップ型の立体プリンタのアイディアの要は「立体インク」の概念ですが、それは次章で述べることにします。


●●§3 発明の要は「立体インク」
 プリンタとはプリントアウトするもの、すなわち出力機ですから、モニタと呼ばれる経時的表示を目的とするものを語感的に外せば(外さなくてもよいですが)、何をどのように出力してもプリンタであるわけです。
 しかし感覚的にわかりやすく、本稿でもモデルケースとするにもふさわしいものの1つは、2次元のカラーのビットマップ絵画を、2次元の紙の上にカラーインクを吹き付けて出力するタイプの、従来のカラーインクジェット方式のプリンタでしょう。この2次元プリンタについてまず考えてみることにしましょう。
 この2次元プリンタは実際に何をやっているかというと、本質的には単なるロボット作業をやっているにすぎません。「コンピュータに指定された場所にコンピュータに指定された色のインクを塗る」という行為を、与えられた用紙の上で、一個一個のビットマップのドットに対して行っているのです。いわゆるロボットとの違いがあるとすれば、それはその丹念な作業を極めて高速かつ大量に(場合によっては微小単位ごとに)行うことでしかありません。その高速大量処理段階において上から順番に行うとか、一列ずつまとめてインクを吹き付けるなどのノウハウが入る場合もあります。しかし高速大量処理できるかどうかはノウハウも含めて程度の違いに過ぎず、本質的作業内容に関しては何らロボットと違いはないのです。これがビットマップ型のプリンタの原理です。
 このプリンタを3次元化したものとして、私の発案した立体プリンタを理解いただいても結構です。つまり本質的にプリンタが行うことはロボット作業であり、たんにそれをノウハウも含めて高速大量処理化するだけなのです。したがて立体プリンタを発案するということとは本質的にはそのロボット作業を定義してやればよいということだけであり、若干のノウハウの指示を除けば、高速化や大量化は本質的発案というよりは技術改良のレベルの問題にすぎません。
 ではそのロボット作業を定義しましょう。具体的には「『コンピュータに指定された場所にコンピュータに指定された色のインクを置く』という行為を、所定の空間内で、一個一個のビットマップのドットに対して行う」とすればいいわけです。その「インクを置く」の部分を実現するために、たとえばインクとして剛体の「立体インク」を想定し、またそれを置くにもただ置くだけでなく「接着しながら置く」あるいは「置いた後で接着する」などとすればよいというわけです。「接着しながら置く立体インク」は、そのことを可能とするためにも、本来のコンピュータ内の単位立体方眼に対応させるためにも、形状として立方体を想定していただいて結構ですが、ノウハウとのかねあいによっては、別の形態もあり得ます。
 具体的に、積み木を置くロボットを想定してみましょう。この場合「立体インク」とは、個々の様々な色の積み木のことです。わかりやすくするには、すべて同じ大きさの立方体だと考えてください。そして、折角置いた積み木が壊れないようにするには、積み木と積み木の間に接着剤をあらかじめ塗布しておく、すなわち「接着しながら置く」とすればよいのです。原理はこれだけであり、あとはそれを可能とするノウハウ(次章で説明)があればよいということです。また、そのままではまだロボットに過ぎませんが、それをもっと特定の小さな立体インクを置くことのみに専念するロボットに置き換え、技術改良のレベルで高速大量処理化を目指せば、まさしくプリンタとなるわけです。このように全然突飛でも空想的にすぎるわけでもなく、もちろん冗談でもない簡単な当たり前なアイディアなのです。
 なおここでは2次元プリンタを3次元化したものとしてアイディアを説明しましたが、それは説明のための方便にすぎません。すなわち2次元プリンタの事を念頭にせず、「積み木遊びをコンピュータの指示通り行うロボット」として発案した場合も結果的には同じことです。そしてどちらで発案した場合においても発明の要は「コンピュータ内のビットマップ3Dデータを構成する個々の単位立体方眼に、それぞれ対応する、単位立体物」を想定することです。その「対応する単位立体物」を従来のプリンタ概念で指し示す場合の説明のコピーとして、「立体インク」という言葉がここで使用されているのだとお考えください。


●●§4 立体プリンタのノウハウ
 前章で定義したロボット作業によって、原理的には立体プリンタは完成しておりますが、人間の目的に沿った生成物を得るためにはもうちょっとノウハウが必要です。具体的には「コンピュータ上で透明色で定義されている単位立体方眼」をどう出力するかが、まずは最大の問題となります。
 もっともビットマップ概念の原理に即したやり方は、「透明の立体方眼は、透明の(プラスティックやガラスの)立体インクとして出力する」です。そうすると透明か非透明かを問わず、すべての立体方眼を等しく扱えることになり、大変便利です。それは結果的に、水中花の世界を、その世界ごと出力するということになるでしょう。これを「水中花型」と呼ぶことにします。「水中花型」の場合、一番下の層から順番に積み上げていけば自動的に「コンピュータに指定された場所にコンピュータに指定された色のインクを置く」が達成でき、これもノウハウの1つとなります。この場合必ずしも「接着しながら置く」必要さえなくなり、単に「置く」工程を全部経た後で、回りから水槽のようにガラス板で世界を封じ込めて固定してもいいわけで、これもこの場合のノウハウの1つとなります。接着しないでおけば立体インクの再利用すらできるでしょう。
 しかし「人間の目的に沿った生成物」が「水中花型」であることはあまり多くないだろうと考えられます。すなわち需要に応えがたいことがこのタイプの最大の欠点でしょう。したがって立体物を、回りの透明部分なしに取り出す「非水中花型」とするためには、他のノウハウが必要となります。逆の言い方をすれば、「非水中花型」は人間の都合に合わせた「水中花型」の改良バージョンという考え方もできるわけです。
 「非水中花型」の1つは、「透明の立体方眼は、後で除去する仮立体インクとして出力する」です。つまり出力に工程が2段階できることになり、1段階目は「水中花型」と同様に、立体インクも仮立体インクも同じように一番下の層から順番に積み上げていけばよいでしょう。その際に「接着しながら置く」を基本形としますが、「まず置いて、後から加圧や加熱処理をして接着する」というノウハウもあり得ます。接着剤の塗布方法にも色々なノウハウがあり得ます。とにかくそうして第1段階が終了した後、その仮インクを除去するという第2段階を設ければいいわけです。具体的にはたとえば仮インクがパラフィンでできていたとしたら、加熱することによってパラフィンのみ溶け出されていくことにより除去できます。他にもいろいろ方法はあり得ます。
 「非水中花型」のもう1つのタイプは、「透明の立体方眼は、出力しない」とすることです。透明の立体方眼に当たるところは何も出力しないまま、一番下の層から積み上げがなされればよいわけです。この場合は原理から言って、中空に飛び出ている突起物が少しでもある立体物は、出力不可能ということになるでしょう。しかし逆に、中空に飛び出ている突起物が少しもない立体物であれば、無駄なく最もてっとりばやい出力方法とも言えます。この、中空に飛び出ている突起物が無いようなデータをあらかじめコンピュータ側で作成しておくことが、プリンタにデータを渡す以前の作成段階のノウハウとなります。実は「デジタルネンド」の特殊機能の1つである「全世界重力落下」は、単に面白い遊びということ以上に、「立体プリント前確認」という意義を私は持たせていたのでした。つまりこのタイプのプリンタが将来現れたときには、「全世界重力落下」を実行しても壊れないような形態、具体的には取っ手のないコップや灰皿などの形態なら、そのままこのプリンタで出力できるというわけです。
 そして実際の「非水中花型」プリンタは、「透明の立体方眼は、場所によっては後で除去する仮立体インクとして出力し、場所によっては出力しない」とすることが現実的でしょう。そのためには、プリンタドライバまたはプリンタ管理専用ソフトに、そのように透明方眼をさらに2種類に分類するプログラムを入れておかなければなりません。そしてほかにも透明方眼の扱いに関するノウハウは沢山あり、思い付いたものはみな一通り特許出願してあります。
 さらに透明方眼以外にも様々なノウハウがあります。たとえば立体物として出力された場合はもはや内部構造に視覚的に用はありません。たんに「積み上げる際の剛体である事による支持体」としての用さえ確保できていればよいわけですから、たとえば表面以外の内部方眼を、すべて「安くて丈夫な材質の方眼」とすることも、ノウハウの1つです。その場合もはやその方眼は何色でもよくなってしまい、コンピュータのデータの段階で「色彩の属性」という概念すら破棄しても差し支えなくなります。さらには、プリントアウトする際に強度その他を保持するために、必要に応じて単位方眼n個分の長さを持つ立体インクを何種類か用意しておくと好都合な場合もあるでしょう。突き詰めれば立体インクを長い棒として用意しておき、必要に応じて切断し適当な長さの立体インクを生成しつつプリント作業してもよく、さらには立体インクを1枚の層として平面的に用意しておいてもいいわけです。このように応用のレベルでのノウハウはいくらでも思い付くことができ、思い付いたものはみな一通り特許出願してあります。


●●§5 内部言及型配合プリンタ
 さて前章では暗黙の了解の上に、「人間の目的に沿った生成物」というものを立体物すなわちトポロジー的な立体形態として想定し、「非水中花型」以下の議論をしました。そのため「表面以外の内部方眼は色彩の属性の概念から離れてもよい」などとしたわけです。
 しかしビットマップ3Dの本質は内部構造が扱える点であり、透明も単に色彩の属性の1つにすぎないとすることです。その点で「水中花型」はビットマップ3Dという観点から見たとき、徹底的に原理に忠実であるということにより、プリンタのレベルにおいても大変優れた発想のヒントを持っていることになります。
 すなわち「色彩の属性」を単に「属性」または「何の属性でもよい」とすれば、「コンピュータでその立体方眼の属性を指示し、それに現実の立体インクを対応させるだけのためのプリンタである」ということが、このビットマップ型プリンタの特質であると言えるでしょう。その対応表(対応テーブル)の設定も自由だというわけです。したがって「人間の目的に沿った生成物」を「物質の配合」自体を目的とすることとすれば、かならずしも「デジタルネンド」はグラフィックツールですらなく「内部言及型配合ツール」でしかないことにさえなり、この立体プリンタも「内部言及型配合プリンタ」としての用途が生まれてくるというわけです。
 具体的にどのような用途が考えられるかというと、たとえば正確な配合を必要とする医薬品をプリントアウトする場合です。Aという種類の医薬品とBという種類の医薬品を1つのカプセルにしたい場合、今までは単に比をもって撹拌するだけという原始的方法でした。しかし「デジタルネンド」(の発展形ソフト)で配合してこの「ビットマップ型立体プリンタ」でプリントアウトするのなら、たとえば表面から2mmまではAの中にBを正確に格子状に配置し、そこから内部はAとBを正確に市松状に配置するなどという医薬品を作ることもできるわけです。直腸内に挿入する座薬で薬品濃度を経時的に管理したいときなどに、ニーズがあるかもしれません。さらにはそれは製薬工場内で作られるだけでなく、その日の患者さんの容態を見ながら医師が病院内でその日用の薬を直接配合しプリントアウトしてもいいわけです。同様な「配合」を生かせる場面は食品の分野や、あるいはコンデンサー効果等を期待する半導体などの分野にもあるでしょう。
 結局、これらのように人間にとっての最初の目的から離れてしまうことにより、コンピュータはたんに大量高速計算機にすぎず、固有の意味というものはどの場面にもなく、たんに恣意的に対応表のみが置かれているだけだという事態が目の当たりにされるわけです。この対応テーブルの恣意性に、ソシュールらの記号論、ヒルベルトらの形式主義を思い起こしていただいても結構でしょう。これは出力プリンタという、対応テーブルを実行する場面だけのことではなく、グラフィックツールとしての「デジタルネンド」製品での段階でも実はすでにあったことです。具体的には各ボクセルの種類に色彩の属性を対応させなくともよく、あるいは色彩の属性であってもどう表示するかすら、全く恣意的であるわけです。アプリケーションツール「デジタルネンド」の基礎的概念レベルの特許出願には、実はそういったような事項も盛り込んでおきました。実際に現在開発中の「デジタルネンドfor KIDS」では、ボクセルの固有色という概念をすでに破壊するような表示機能をも「遊び機能」の1つとして付加しており、具体的には各ボクセルの見えている3面の色にまったく異なる色彩を対応させるということをおこなっています。
 話を戻し、まとめると、このビットマップ型プリンタの本質はロボット作業でしかありませんが、その立体インクに色彩物質としての属性に限らずさまざまな属性を持たせることにより、さまざまな「人間の目的に沿った生成物」を作ることができます。その「人間の目的に沿った生成物」は、必ずしもトポロジー的な立体形態だけでなく、むしろある種の配合物であることを本来の姿とするのかもしれません。
 なお、上記実例に補足追加しますが、もちろん「トポロジー的な立体形態」と「内部言及型」の折衷的用法もあり得ます。たとえば人体標本を内部構造まで正確に作り上げ、柔らかい材質を立体インクとしてプリントアウトしておけば、医学生の人体解剖実習のシミュレーションとしてのニーズがあるでしょう。


●●§6 ハンディ3Dな未来
 「パソコンは住環境である」という立場をとることが私は多いのですが、それはテレビや電話が有って当たり前の単なる生活の一部になっているのと同様に、パソコンも有って当たり前の単なる生活の一部でしかないということです。パソコンの周辺機器についてもそうなりつつあり、たとえば以前はパソコン本体よりもうんと高値だったカラープリンタも、現在では普通に一般家庭にも置かれるような「雑貨」へと変わりつつあります。
 カラープリンタ、または単にプリンタの社会的役割は、語り尽くせないほどあると思います。いくらパソコンの中で色々なことができたとしても、プリンタなくしてはそれがまさに現実世界(さらに「生活世界」という現象学用語を使っていいはずです)の出来事なのだと広く知らしめることは、なかなか難しかったに違いありません。私はパソコンで絵を描くイラストレーターとして、かつてそのことを痛感していました。また次章でも述べますが、ペイントツールの存在意義は、プリンタがない限りはやはりいつまでも「オタクのオモチャ」だったと思うのです。あるいはすべてのグラフィックツールは、DTPシステムという工場規模のプリンタがない限り、玩具にすぎなかったとも言えます(逆に玩具性を逆手に取ったのがKidPixです)。理論レベルにおいては出力段階の話はさほど面白いわけでもないにもかかわらず、実用にならないと一般化されず、人々に意義を認めてもらうことは至難なのです。
 2次元のプリンタがたどったのと同じ道筋を、立体プリンタもたどることとなるでしょう。そのためには最初の試作機を、1機だけでもまず作ることが肝要です。最初は出力にどんなに時間がかかってもいいし、個々の立体方眼がどんなに大きくてもいいし、接着の強度的理由から保証される世界の大きさに制限があってもいいと思います。とにかく、まず作ってしまわないことには広く一般にイメージしてもらうことすらできません。しかし1機だけでも実現し、イメージさえなされれば、後は技術改良のみのレベルとなり上記問題はどんどん解決されて行くでしょう。十数年後には一般家庭にも入っておかしくない立体プリンタが実現しているのではないでしょうか。そしてたとえば、オリジナルの灰皿を作りすぐにプリントアウトできるような「ハンディ3Dな未来」は、もうすぐそこまで来ていると私は想像しています。それは1つの新しいマーケットを形成するでしょう。
 そしてもちろん、上記のような住環境レベルの「ハンディ3Dな未来」という方向性だけでなく、とことん専門的なハイテク3Dとしての方向性をも立体プリンタは指向するでしょう。つまりDTP産業がすでにそうなったように、工場自体がプリンタとなっていくという方向性もあるわけです。
 そしてさらなる展望を述べさせていただくと、オブジェクト図形方式のプリンタ概念と組み合わせることにより、いずれは機械の組立などもすべて「プリンタ」の概念で行えるようになると考えています。


●●§7 「デジタルネンド」の実用的側面
 マック版発売開始後、「立体プリンタ」に見るような「デジタルネンド」の実用の可能性、さらには「デジタルネンド」が指し示す「ハンディ3Dな未来」に、気付く人はいるだろうと思っていました。しかし数カ月たった現在、そのような反響をあまり多くはいただいていません。唯一サルブルネイの松本弦人氏が、私が上記に挙げた「非水中花型・後で除去する仮立体インクタイプ」にほぼ相当する立体プリンタの発案を、嬉しいことに最近示してくれましたが、そのくらいです。むしろかなりパワーユーザーでオタクな人からも、単なる子供相手のブロック遊びにしか思われていなかったりすることの方が圧倒的に多いのです。
 そうなってくるとビットマップ型立体プリンタは、単に「ハンディ3Dな未来」のためだけでなく、現に発売されている「デジタルネンド」の意義の認識のためにも、是非ともすぐ必要なのです。最近は取材でも必ず立体プリンタのことを言うようにしているのですが、先日も「立体プリンタが無い限り、いつまでたってもデジタルネンドは単なる子供のオモチャにしか人々に思われないのです」と言ったところ、「まさか実用のツールとは思ってもみませんでしたよ、単なる子供のオモチャだと思ってました」とすぐ応じられました。そういった反応を目の当たりにするにつけ、さらに立体プリンタの一日でも早い実現を切望するこの頃です(子供のオモチャとして秀逸だとはもちろん思っております)。
 なお「デジタルネンド」の実用性の他の側面ですが、ビットマップ3Dの標準フォーマットが皆無な現在、「デジタルネンド」で使われたフォーマット(またはその改良形)が業界標準となっていけばいいのではとも思っております。多々あるドロー3Dのフォーマット形式との互換(または共存)方式も、いずれはクリアされなければならない問題でしょう。「デジタルネンド」をオモチャのまま終わらせるのではなく、ビットマップ3Dという多大な投資が可能な分野への、最初の有意義な投石としたいわけです。
 そして本来これらのようなことは、テキストにしてこのように発表してもしなくても、そうなるべきものはなり、ならないべきものはならないのかもしれません。しかし簡単で当たり前のアイディアであるはずの「ビットマップ3D」ということすら、私が実現するまでだれもグラフィックツールとして作らなかったわけですから、もしかしたら私から一応意思表明しておいてもいいのかもしれないとの思いもあり、本テキストを執筆した次第です。


−以上−   中ザワヒデキ 1996.10.18 記

*このテキスト「付録3:立体プリンタについて 」はテキスト「視覚芸術史における『デジタルネンド』誕生の意味」を補足する付録の1つとして96年10月18日に書き上げられました。
・第1版(1996.10.18)---96年11月8日にアスク講談社より発売された「デジタルネンド」(Windows版)製品CD-ROM内に収録。ならびに中ザワヒデキのホームページ(http://shrine.cyber.ad.jp/~nakazawa/NAKAZAWA)上で96年10月18日より公開。

*関連テキスト「視覚芸術史における『デジタルネンド』誕生の意味」「付録1:デジタルネンドならではの新感覚立体実作例」「付録2:デジタルネンド・ネーミング裏話」も、併せてお読みいただければ幸甚です。

*中ザワヒデキのホームページ内に、さらに中ザワヒデキによるデジタルネンドのホームページをオープンしています(http://shrine.cyber.ad.jp/~nakazawa/NAKAZAWA/nendo)。アスク講談社さんのホームページ(http://www.ask.object-design.co.jp)ともども宜しくお願いいたします。




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