方法 第16号 2002年9月3日発行 日本語訳
ゲスト=村上隆
機関誌「方法」は、転送自由のEメール隔月刊誌です。その目的は、方法絵画、方法詩、方法音楽などの方法芸術の探求と誌上発表です。受信に差し支えあるようでしたらご連絡ください。ご希望に添えるようにいたします。
- 「方法」同人: 中ザワヒデキ(美術家)、松井茂(詩人)、三輪眞弘(作曲家)
- 方法主義宣言 http://aloalo.co.jp/nakazawa/method/
- 日本語訳 http://aloalo.co.jp/nakazawa/method/index_j.html
巻頭言 中ザワヒデキ
ゲスト原稿:
原理主義万歳主義(試論) 村上隆
ゲスト作品:
ズザザザザザ、SMPKO2 村上隆
同人原稿:
ビットマップ派VSベクター派 中ザワヒデキ
直観を排除せよ! 松井茂
SendMailV3について 三輪眞弘
同人作品:
文字座標型絵画第一番、布石絵画第一番 中ザワヒデキ
量子詩第39〜49番 松井茂
SendMail Notator 三輪眞弘
お知らせ、編集後記
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方法 第16号 ゲスト=村上隆 日本語訳
巻頭言 中ザワヒデキ
村上隆は今日最も著名で最も重要な日本の美術家です。彼のキーワードは「スーパーフラット」ですが、「フラット」(平面)はふたつのことを思い出させます。ひとつは琳派や浮世絵に代表される日本の伝統美術、そしてもうひとつはクレメント・グリーンバーグによるモダニズム絵画の理論です。では「スーパー」とは何でしょう? 今日の日本のオタク・マンガとの関連を強調するもののようです。それはやはり「フラット」で、サブカルチャーとの区別がつかない非常にポストモダン的な文化を反映しています。
われわれ方法主義者も、モダニズムとポストモダニズム、国際主義と地方主義の問題について考えてきました。村上氏のやり方とわれわれのやり方は正反対ですが、同時に相補完的であるとも考えています。
- カイカイキキ http://www.kaikaikiki.co.jp/
- http://www.metropolis.co.jp/biginjapanarchive349/329/biginjapaninc.htm
ゲスト原稿と作品:
原理主義万歳主義(試論) 村上隆
宮崎駿の「アニメ原理主義」や海洋堂の「模型原理主義」は、太平洋戦争敗戦によって、信じるに足る創造的根拠を喪失した日本人クリエーター達が30年程かけて造り上げた価値基準のフォームです。
宮崎駿は「アニメ原理主義」のモードによってアニメ作品を作り上げ、スタジオの方程式、映画のビジネススタイルや流通にわたる広範囲な改革を成し遂げて社会的、経済的な成功を手に入れています。
一方、造型集団、海洋堂は社会的現象にまで発展した食玩=おまけ商品「チョコエッグ」の製作販売によって新しいジャンルのエンターティメントを構築しつつあります。徹底的な3-D構築の哲学、すなわち「模型原理主義」によって2000アイテムを超える食玩を世に送り出し続け、追従する同業者に対して、企画内要、品質、売り上げ、全てにおいて、大きなアドヴァンスを持ち続けています。
「アニメ原理主義」「模型原理主義」はオタクのコンテンツです。オタク立脚の要因には日本国を日本国たらしめている理由が希薄である故の、背景の無い現実への抵抗があると思います。
そしてもうひとつ。「オウム原理主義」。
これは私が私の作品の制作において集団作業を行っている現在、非常に身近に感じます。すなわち、カルトへの進行です。この部分との距離を測ってタイトロープを渡る事は非常に高い技術が必要です。
カルトになってしまっては負けである。しかし原理主義に到達しなければ真理には近付けぬ。しかし根拠の無い所からの原理主義の構築程ゴールの見えない物は無い。
私の見ている方向はなんという原理主義なのか? 「進ぬ!電波少年」的、脱臼したタイトルを持った、いい加減なものである事には違い無いのですが。
それでも、私なりの「原理主義」の構築に勤しみたいと今は強く思っています。
ズザザザザザ、SMPKO2 村上隆
http://aloalo.co.jp/nakazawa/method/g016murakami.html
ズザザザザザ……70年代のアニメのモードをペインティングのコンテクストに落としこもうとした作品。参考にしたアニメーターは金田伊功、芝山務、小林治。SMPKO2……海洋堂と手を組み続けたフィギュアプロジェクト最終章。ガンダムプラモ、ハイエンドユーザーに向けて製作された「ガンダムセンチネル」プロジェクトのリーダー、あさのまさひこ氏を3Dディレクターに据え、製作は日本怪獣造型のマイスター、品田冬樹&Vi-shopを迎え完成した、オタクフィギュア批評作品。
同人原稿と作品:
ビットマップ派VSベクター派 中ザワヒデキ
もしあなたが2D−CGクリエイターなら、ビットマップCG方式とベクターCG方式の深遠な違いを認識していることだろう。ビットマップのツールは“ペイント”ソフトと呼ばれるが、ベクターのそれは“ドロー”と呼ばれる。ビットマップの本質はピクセルと呼ばれる色彩のドット(点)の集合だが、ベクターのそれはベジェ曲線と呼ばれるトポロジカルな線である。高解像度機能やアンチエイリアス機能はビットマップとベクターを橋渡しするかのようだが、真のビットマップ派クリエイターは低解像度やあからさまなジャギーをむしろ好む。
私は1996年までイラストレーターとしてビットマップ派クリエイターだった。私の作品は可笑しみを込めて「バカCG」と呼ばれたが、多分それはジャギーを強調したせいだろう。1997年に純粋美術家として方法画家に転じたが、ビットマップ魂はいささかも変わっていない。私は文字や碁石をビットマップのピクセルの代わりに使う。そして文字や碁石が生成するジャギーをいまだに好んでいる。
興味深いのは、村上隆のスーパーフラット作品がいかにもベクターCGであることだ。各々のキャラクターはトポロジカルな閉曲線に囲まれた領域として定義されている。つまりそれ自体で一個のオブジェクト(物体)で、ドットの集積ではない。
「方法絵画VSスーパーフラット」や「ビットマップ派VSベクター派」といった図式は今日の日本の美術シーンに見られるだけでなく、過去にも西洋にも存在している。「光琳VS宗達」は17世紀日本の琳派における好例だし、「ヴェネツィア派VSフィレンツェ派」は西洋のルネッサンスにおける例である。「ロマン主義VS新古典主義」、「スーラVSセザンヌ」、「フォーヴィスムVSキュビスム」は全て同じ図式で、前者はコロリスト(色彩主義)、後者はデシナトゥール(形態主義)だ。そう、ティツィアーノの筆致のひとつひとつがビットマップのドットの祖先であり、ミケランジェロの引く力強い線がベクターの線の祖先なのである。
この図式はどうして普遍的に立ち現れるのか? それは、古典的な二元論である「原子論VSイデア論」に由来するからだ。従って、美術史のみならず全ての事象にそれは顕現している。「ボトムアップVSトップダウン」、「帰納VS演繹」、「和声VS旋律」、「サンプリングVSシンセシス」、「化学VS物理」*、「植物VS動物」**、等。
これらの図式は、ふたつの立場が正反対だが同時に相補完的でもあることを示唆している。「方法絵画VSスーパーフラット」また然り。意味論のみならずテクニック面からもそうなのだ。
* 化学では物質は沢山の原子から成るが、物理ではオブジェクト(物体)は一個である。 ** 挿し木や株分けができる植物は細胞の集積だが、動物は一個の生命である。
直観を排除せよ! 松井茂
2002年は、モダニズムの詩人北園克衛の生誕100年の年だ。
北園は、1936年のエッセイ「所謂イミジリイとイデオプラスティに関する簡単なる試論」で、詩を成す要素を「材質」、「状況」、「形態」であると分析した。彼は、それらを文学的に「言語」、「作像」(イミジリイ)、「応化観念」(イデオプラスティ)と言い換えている。当時の北園は、これら3つの概念の関係として詩を考えていた。
彼の考えによれば、詩作は「状況」に関する蒐集と分類により始まる。この作業は直観によってなされる。直観により選択された「言語」を構成し、行と連を作る。そして、「応化観念」が完結される。つまり、詩とは、直観により「状況」を感覚的に「材質」化し、「形態」へ結合したものである。文学的に言えば、直観により「作像」を感覚的に「言語」化し、「応化観念」へ結合したものである。
方法主義者の立場からは、「状況」を「形態」にした結果が詩であり、「形態」を置換可能な「材質」から構成している、とする彼の思考には親近感を覚える。このことは、北園が、インターメディア的な思想を持っていたということを意味する。
しかし、「形態」の構成が直観により行われているということは、疑問だ。北園の「形態」は、文字列の順序ではなく、ランダムな文字の配置から意味づけられているからだ。これは、詩の方法論と言うより、デザインの方法論に近いと言える。色やオブジェを、使用できる平面上に、使用できる文字で置き換えたものを詩と考えていたのだろう。ここで作品を支配する原理は、北園自身の美的直観、ポエージーに他ならない。この系列の作品の追求は、1958年に制作された「単調な空間」に結実する。ここで彼自身の美的直観は、一つの方法論に達成した。多くの人々が彼の方法論を模倣した。結果として、この方法論は北園克衛の信奉者を多く産み出すことになった。
私もまたその一人である。しかし私は模倣者ではない。それゆえ、私は、美的直観ではなく、普遍的客観による方法詩を追求しているのである。
(参考ウェブサイト)
北園克衛.com: http://www.kitasonokatsue.com/
多摩美術大学付属図書館北園克衛文庫: http://bunko.tamabi.ac.jp/bunko/macintosh/k-home.html
Kit Kat+: http://www2u.biglobe.ne.jp/~artbooks/kk/index.html
SendMailV3について 三輪眞弘
1995年に作曲され、先月トランペットのための三番目のバージョンが発表されたSendMailV3は「音楽的理由で音を選ばない作曲」という意味において極めて方法主義的な音楽である。つまり聴衆の前でモデムを使って電話をかけ、UNIXシステムにログインし、メールを書いて一方的に送りつけるだけの作品なのだ。ただし通常コンピューターのキーボードを使って行われる文字入力が、すべてトランペットの演奏によって行われ、また逆にホスト・コンピュータから返されてくる文字列は音として聴かれるところだけが「音楽」なのである。
この「楽器演奏による文字入力」及び「文字列情報の音響化」のために、検出されたMIDIの音高番号とASCIIコードの変換表が用いられている。この作品で演奏されるすべての音は、この変換表に従い、電子メールの文章のみならずモデムやホスト・コンピュータに対するコマンドなどの文字列によって規定されたものなのである。そこでは、作家の個性は問題とはならず、美を参照せず、また人を感動させるための工夫があるわけでもない(前号中ザワ氏のQ&Aを参照)。
にもかかわらず、この作品が幾度も再演され、毎回聴衆に特別な体験をもたらすのは、トランペットを使ってメールを送るという、この作品で設定された方法それ自体が作品のすべてであることをその場に居合わせている人々が了解するからである。つまりこの作品は、決して聴衆に向けられた表現ではなく、設定がいくらナンセンスであったとしても、神ならぬ何かにむけて作品が奉納される場に、居合わせた人々が巻き込まれていく状況を生み出す装置なのだ。
文字座標型絵画第一番、布石絵画第一番 中ザワヒデキ
http://aloalo.co.jp/nakazawa/method/work016.html
「二九字二九行の文字座標型絵画第一番」(1997)……漢字と平仮名を、ビットマップCGのピクセルドットとして/ピクセルドットの代わりに、配置した。「三五目三五路の盤上布石絵画第一番」(1999)……黒い碁石、白い碁石、そして空白の目を、低解像度ビットマップCGのように配置した。
量子詩第39〜49番 松井茂
http://www11.u-page.so-net.ne.jp/td5/shigeru/QuantumPoem.html
6月19日から9月2日までの作品。
SendMail Notator 三輪眞弘
http://www.iamas.ac.jp/~mmiwa/SendMailNotator.html
SendMailV3のために安野太郎氏が制作した、英文テキストを音列(楽譜)に自動変換する専用ツール・ソフト。あなたが聴音の訓練を受けており、この作品で使われたMIDI/ASCII変換表を暗記すれば、このソフトを使わなくても、友達と旋律だけで会話できるだろう。
お知らせ:
村上隆より
- カルティエ財団、パリ 「かわいい夏休み展」
「村上隆展 - カイカイキキ」2002年10月27日まで(2002年11月 サーペンタイン・ギャラリーに巡回)
「ぬりえ展」2002年10月27日まで(村上キュレーションのグループ展)
- パシフィコ横浜「GEISAI-3」2003年3月29日&30日
中ザワヒデキより
- 「WINDS CAFE 69」中ザワヒデキ一日個展:“方法”の現在 9月14日(土)5:00pm開場 WINDS GALLERY(吉祥寺)。ゲスト:ヒハラフミへ(琴の演奏)、松井茂(詩人)、三輪眞弘(作曲家)。 http://www.st.rim.or.jp/~mal/Cafe/
- 方法主義討論。9月後半、メディアアートのオンラインアリーナ「empyre」ゲストとして。 http://www.subtle.net/empyre/
- 個展「回路」 10月11日(金)-11月2日(土) ギャラリーセラー(名古屋)。トーク 10月19日(土)3:00pmより。
- 個展「集合」 10月21日(月)-11月9日(土) サイギャラリー(大阪)。談話室 10月22日(火)7:00pmより。
- 試論「白黒こそ色彩」 日本語・英語 IDEA誌294号'02-09(白黒特集)。
- 2002年11月1日よりニューヨークのISCPのプログラムに参加。
松井茂より
- 12月7日に東京で朗読の予定。
三輪眞弘より
- 10/13 名古屋港、"artport2002"で新しい時代・広報省音楽班(三輪眞弘、さかいれいしう、友人たち)による初の布教ライブ!
「方法」より
- 既刊号 http://aloalo.co.jp/nakazawa/method/index_e.html
第15号までのゲスト:篠原資明、古屋俊彦、三輪眞弘、建畠晢、岡崎乾二郎、鈴木治行、石井辰彦、松澤宥、高橋悠治、田名部信、豊島重之、刀根康尚、豊嶋康子、クラーレンス・バルロー、ジョン・ソルト。
- 本誌の購読申し込みは、同人までご連絡ください。
- 「方法」の活動を手伝ってくださるボランティアを募集しています。
編集後記:
8月31日と9月1日、東京ビッグサイトで「GEISAI-2」が開催された。巻頭言ではスーパーフラットについて書いたが、村上氏はたったいま、今年立ち上げた巨大アートフェスティバルGEISAIに熱中している様子である。GEISAIもスーパフラットも日本のサブカルチャー問題に根ざしているが、われわれ方法主義者にとってもその問題は看過できない。
なお、英語で「原理主義」(fundamentalism)というと特に宗教上の反近代主義を指すようだが、日本語では「原理主義」の語の適用範囲は広いと思われる。(HN)
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隔月機関誌「方法」第16号 2002年9月3日発行
発行:中ザワヒデキ、松井茂、三輪眞弘
nakazawa@aloalo.co.jp http://aloalo.co.jp/nakazawa/
shigeru@td5.so-net.ne.jp http://www11.u-page.so-net.ne.jp/td5/shigeru/
mmiwa@iamas.ac.jp http://www.iamas.ac.jp/~mmiwa/
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