方法 第1号 西暦2000年2月29日発行

ゲスト=篠原資明

ほぼ隔月刊・配信誌「方法」は、方法絵画、方法詩、方法音楽などの方法芸術の
探求と誌上発表を目的として、電子メールまたはファックスで無料配信する転送
自由の機関誌です。不要な方、重複受信された方はご一報くだされば対処します。
* 方法主義宣言 http://www.aloalo.co.jp/nakazawa/houhou/
* 方法 同人=中ザワヒデキ(美術家)、松井 茂(詩人)、足立智美(音楽家)

創刊にあたって  中ザワヒデキ
ゲスト原稿 まぶさび庵の方法談義   篠原資明
ゲスト作品 超絶短詩編み分け小倉百首より  篠原資明
同人原稿 形式還元から方法還元へ  中ザワヒデキ
     朗読以後の〈方法〉  松井 茂
     「方法」を巡って  足立智美
同人作品 縦三七横七五の異種画素配置第一番  中ザワヒデキ
     甲乙詩・1  松井 茂
     方法音楽第8番  足立智美
お知らせ・編集後記



■■方法 第1号 ゲスト=篠原資明

創刊にあたって  中ザワヒデキ

 一月一日に「方法絵画、方法詩、方法音楽(方法主義宣言)」を発表しました。
そして本日、松井茂、足立智美と私の三人で、配信機関誌「方法」を創刊します。
お読みいただければお分かりのように、「方法」の語のとらえ方は三者三様です。
また、全員が宣言文に百パーセント賛同しているわけでもありません。しかし、
この時代特有の状況にある種の論理を復権すべきであるという共通認識が、ジャ
ンルを超えた活動へわれわれを駆り立てるのも事実です。
 方法芸術の探求と誌上発表を目的とする本誌は、毎号ゲストを一名お招きし、
ほぼ隔月刊行する予定です。記念すべき第1号ゲストは、十年ほど前から自作を
方法詩と呼んでいる「方法」の先達、詩人の篠原資明氏です。まぶさび庵主でも
ある氏のお人柄に私はまだ直接触れる機会を持ちませんが、宣言後「篠原教授関
係から」という反応も多々いただき、いつかお目にかかりたい方のひとりです。
篠原資明 まぶさび庵 http://www03.u-page.so-net.ne.jp/xf6/mabusabi/



■ゲスト原稿と作品

まぶさび庵の方法談義  篠原資明

 方法詩という詩のあり方を、ぼくが模索し実践しはじめたのは、10年ほど前
のこと。山口昌男氏の指摘により、処女詩集『さい遊記』(1889年、思潮社)
で、サイコロの「さい」を忘れていたことに気づき、サイコロの目を詩型に取り
込んだ作を構想した頃にさかのぼる。それをまとめたのが、詩集『サイ遊記』
(1992年、思潮社)であり、これが、方法詩の最初の著作ともなった。
 『サイ遊記』のあとがきにも書いたとおり、ぼくにとって詩は、大きく三つに
分けられる。すなわち、定型詩と偶成詩と方法詩だ。偶成詩とは、普通には、自
由詩と呼ばれるのかもしれない。しかし、定型からの自由が、ひとつの大きな希
望となり、高い境地の作品を生みだしえた時代は、過ぎてしまった。自由詩のた
まり場である現代詩は、型のないのをよいことに、行き当たりばったりのたれ流
しに堕しているではないか。過去の長い伝統から受けついだ型ではなく、新たに
型を提案し、その型に自ら服しつつ詩作をするといったタイプの詩、すなわち方
法詩が、あってもよいのではないか。定型詩でも偶成詩でもない方法詩を、発案
し実践するにあたっては、そんな思いがあったのである。
  ただ、方法詩を深めるきっかけとなることが、しばらくして起こった。あの空
海が、死者として夢に現われたのだ。その悪夢から目ざめたその日に、ぼくは、
「詩的言語への交通論」(岩波講座 現代思想 4『言語論的転回』所収、のちに
拙著『言の葉の交通論』五柳書院、所収)を書き上げることができたのである。
それは、ぼくの提唱する間哲学と交通論という枠組みの中で、方法詩を意味づけ
する部分を含んでいた。簡略化していえば、異交通と双交通という、二つの交通
様態が特に問題となる。どんな詩においても、まず、自分が言葉になり、言葉が
自分になるという、二重の生成が重要であることに変わりはない。そのような生
成変化を生じさせる様態が異交通であるとすれば、双交通とは、型を介しての対
等な参加を可能にする様態を、ここではいう。そのような型を介する双交通が、
定型詩では、過去向きのベクトルが強いのに対して、方法詩では、未来向きのベ
クトルが強い。図式的に整理すると、そのようなことになるだろう。
 もっとも、空海が夢に現れたことの意味は、ぼくにとって、詩のことだけに収
まらないほど大きかった。一種の宗教的な行から花や茶にいたるまで、新たに型
を提案・実践するよう、突き動かされることにもなったのである。まぶさび庵と
は、そのような総合的な活動に付けた名でもあるのだが。


超絶短詩編み分け小倉百首より  篠原資明
http://www03.u-page.so-net.ne.jp/xf6/mabusabi/#houhou
 超絶短詩とは、ひとつの語句を、少なくともひとつの広義の間投詞(擬音語と
擬態語を含む)と、他の語句とに分解するという詩型である。「編み分け」とは、
既成の詩歌を、複数の超絶短詩に切り分けるというやり方のこと。それを、あの
『小倉百人一首』中の和歌に試みてみた。



■同人原稿と作品

形式還元から方法還元へ  中ザワヒデキ

 二十世紀は、論理の内部に同語反復的な無意味が宿ることが露呈した時間だっ
た。しかしそれは、快楽主義や私的芸術、社会的正義の芸術などを、芸術の側か
ら容認する理由にはならないだろう。むしろ、その同語反復を見つめ続ける作業
が、なお必要とされるのではあるまいか。それが還元主義なのだが、従来の「形
式還元」では、本来は諸芸にまたがる単一原理が、個々の形式ごとに分離記述さ
れてしまう。そこで、形式還元に代わる「方法還元」を唱えたのが方法主義宣言
であった。本稿では、「諸芸にまたがる単一原理」の過去事例を挙げておく。
 第一次大戦前後、絵画は、一点透視図法による表現から、多視点による分析的
キュビスムと、無視点による抽象絵画へと向かった。詩は、語と意味の一意対応
による表現から、多意味語によるダダの同時進行詩と、無意味語によるオノマト
ペへと向かった。音楽は、単一調性による表現から、多調音楽と、無調音楽へと
向かった。これらの事態は、次の一個の方法が、諸芸に具現したものと考えられ
る。方法「内容を保証する単一性を放棄して、多と、無へと向かわせる」。
 冷戦固定化前後、絵画は、それを色彩平面でしかないとするミニマリズムと、
感覚の定義でしかないとするコンセプチュアリズムへと還元された。詩は、それ
を文字列でしかないとするコンクリートポエムと、意味の生成項でしかないとす
るヴィジブルポエムへと還元された。音楽は、それを振動時間でしかないとする
実験主義と、順序の宣言でしかないとする音列主義へと還元された。これらの事
態は、次の一個の方法が、諸芸に具現したものと考えられる。方法「具体形式と、
形式定義へと、還元する」。
 さて、二十世紀から二十一世紀にかけて三番目の還元主義を創出するとするな
らば、今度は方法主義が最初から自覚されているべきである。絵画で詩を、詩で
音楽を、音楽で絵画を、比喩でなく語ること。その際、諸芸に君臨する「方法」
は、論理に依拠するものである。なぜなら論理こそ、今日的無意味の根源だから
だ。いたずらな反論理主義は、愛すべき蛇足だろう。愛されてはなるまいに。


朗読以後の〈方法〉  松井 茂

 「現代詩手帖」1999年12月号(現代詩年鑑2000)の「スクランブル・スク
エア」に、「●詩の朗読ブーム二つの傾向」と題された文章があった。「昨年度
の『現代詩年鑑』でも触れた詩の朗読ブームは、今年は一層拍車がかかり、もは
や一時的な現象とはいえなくなった」と書かれている。詩の一部として考えられ
ていた「朗読」が、詩の全部になろうとしている、といっては過言だろうか? 
とは言え、2000年の詩を将来振り返るような機会があれば、朗読を規範にその
表現が論じられるのではないかと思う。
 では、朗読とは?
 朗読は、表音的ななんらかの方法で表記されたテキストを声に出す行為として
行われ、ひとつの作品は、ひとつの音列として提示されることになるだろう。そ
の際、朗読された詩を複数の聴者が同時に書き取るということを行うとする。朗
読された音列を正確に書き落とすことは可能であろう。しかし、朗読された詩に
は、改行がなく、漢字がなく、仮名がなく、カタカナがない。だから、現在只今
朗読されたテキストが紙の上にあらわれるかはわからない。結果、ひとつの音列
から様々な方法で表記された詩が生まれてしまうともいえる。しかし、同じ音列
を「表音的ななんらかの方法で表記されたテキスト」群は、朗読優位の状況下に
おいて、一篇の〈うた〉を保持した群として集約されることになるであろう。
 それは「戦後詩」と呼ばれる、1946年11月に告示された、表音的な仮名遣い
による「現代かなづかい」で書かれる詩の表現の極北であり、終焉といえる。
 では、朗読以後の〈方法〉は?
 朗読以後の〈方法〉は、まず一篇の〈うた〉の保持のみを目的とされるにいた
ったテキスト群の復権がある。そのためには、日本語の文字・表記と音韻の歴史
を見直す作品が要請されるであろうと考えている。具体的には、上代特殊仮名遣
いと、当時においてすでに表音的ではなかった定家仮名遣いを手掛かりとして、
20世紀に大きく聴覚へと振れた詩を、視覚へと戻す〈方法〉詩を構想している。


「方法」を巡って  足立智美

これは方法主義の部分賛同者としての立場による、「方法」についての注釈であ
る。これは完成された論理ではなく、論理に至るメモになるだろう。・近代芸術
における制作は3つの局面に分割できる。1=素材、2=方法、3=形態。一般
に考えられる「構造」は形態の一部とする。・方法芸術においては形態から素材
を抽出することができる。そのために方法は単純である必要がある。単純な方法
は形態から制作の神秘を剥奪し、素材に対する物神崇拝を排撃する。形態は制作
の個人性から解放される。・しかし方法芸術は方法の提示を本義とするものでは
ない。芸術とはあくまで形態であり、形態を観念の指示物とみなす例示主義は退
廃的な転倒である。方法は形態のうちにその微かな痕跡をとどめているに過ぎな
い。いや方法の残滓こそが形態と呼ばれうる。・形態は主客の宥和ではなく、そ
の断絶こそを際だたせる。切片において主客は接触するだろう。一神教も凡神論
も周到に避けながら。・方法主義は本質的に反復である。二元論の悪循環を全面
的に肯定することは絶対的に正しい。しかし歴史の終焉と未来の先取を容認する
ことはできない。なぜならそれは決定論的ロマン主義というイロニーを召還する
からである。・素材に方法が関与するだけではなく、素材によって方法を書き換
え、更に形態によってさえも方法は書き換えられなければならない。もし芸術作
品に真理というものが存するならばそれは素材にこそあるのであろう。・だがこ
の転回を制作から実践へという定式で語ることは自らに禁じたい。それは対立す
る二項をメタ意識で架橋するように見えながらも、密かに一項に荷担することに
しかならない。それもまた反復というロマン主義の肯定である。実践について語
るべき言葉を私は持たない。・方法主義宣言は現在に対する戦術としてこそ解さ
れるべきである。個人的な体験を口実にタコ壷化する諸ジャンルを論理的に抽象
化することによって、交換を可能ならしめる。おそらくこの交換は制作と批評の
間にも作用しうるだろう。方法主義は党派性すなわち排他主義を是としつつも、
同時代的な創作と批評の場を切り拓く武器として濫用されることが必要である。


縦三七横七五の異種画素配置第一番  中ザワヒデキ
http://www.aloalo.co.jp/nakazawa/houhou/houhou001.html
快楽に直結する色彩の画素をモノクロのJIS記号に置換した色彩絵画。木・火
・土・金・水いずれかの部首を持つ漢字が形づくる線と、黒または白の碁石が形
づくる線は、囲碁では「セキ」と呼ばれる拮抗状態となっている。ちなみに、囲
碁は点を連ねて線として面を囲う視覚抽象ゲーム。仮名は倒立させることもある。


甲乙詩・1  松井 茂
http://homepage.mac.com/to_ma_to/kouotsushi1.html
中央のカタカナが上代において甲類・乙類の仮名遣いを有する12の清音。その左
右に甲・乙の表記(形声の文字が選ばれている)。さらにその左右に各漢字の音
符。その左右が意符。参考文献:橋本進吉『古代国語の音韻について 他二篇』、
『大修館 新漢和辞典』改訂版。


方法音楽第8番  足立智美
http://www1.webnik.ne.jp/~atomo/houhou/work1.html
楽譜。



■お知らせ

(篠原資明)
 今年、毎月ひとりを選び、その人の命日に「まぶさび花」を仕立て、ホーム・
ページに公開することにしています。まぶさび花は、生の花を使わないという規
則と、光沢感のある金属か透明素材を、できるだけ無色の状態で使うという規則
によるものです。こちらは「方法花」といえるかもしれません。興味のある方は、
次にアクセスください。
http://www03.u-page.so-net.ne.jp/xf6/mabusabi/#mabusabika

(中ザワヒデキ)
「広告」1+2月号…宣言全文掲載。
「InterCommunication」32号…多木浩二氏との対談の注で宣言全文掲載。
「現代詩手帖」(4月発売)…「方法詩論」執筆予定。特集テーマ「視覚詩」。
「BRUTUS」(4月1日発売)…1990年代美術総括記事執筆予定。アート特集。
以上が、方法主義や今回の原稿と関連のある記事です。

(松井 茂)
詩的言語会『カタって』(同人誌『ミて』主催)
〈第10回〉3月15日(水)PM 7:00〜9:30、カンダパンセ 505室
発表者:足立智美「音響詩〜歴史と作品分析」
   (音楽家 「足立智美ロイヤル合唱団」団長 「音楽工作所」主宰)
    芳賀徹「朗読のためのテキスト」
   (朗読 カセット『芳賀徹 音楽作品集1996〜1997』等)
カンダパンセ 千代田区西神田3-9-10 TEL:03-3265-6366
お問い合わせ:shigeru@td5.so-net.ne.jp(松井茂)

(足立智美)
音楽工作所その5
フルクサスの作品演奏会。演奏及び企画:足立智美
3月4日(土)14:30〜16:30
三鷹市芸術文化センター第一音楽練習室
入場料金1000円
詳しくはhttp://www1.webnik.ne.jp/~atomo/onkou/yotei.html

(方法)
以下の頁にバックナンバー掲載予定。新規配信希望者は同人まで連絡ください。
http://www.aloalo.co.jp/nakazawa/houhou/haisinsi/


■編集後記

画期的な機関誌になったと思います。html対応にはしませんでしたが読みやすさ
その他いかがでしたでしょうか。現在、方法芸術祭等の企画はまだありませんが、
フルクサス特集の「音楽工作所」や、音響詩特集の「カタって」で、みなさまに
お目にかかれれば嬉しいです。(ザワ)

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方法 第1号 西暦2000年2月29日発行(ほぼ隔月刊)
お問い合わせ=TEL/FAX03-5351-6874(アロアロインターナショナル内)
中ザワヒデキ nakazawa@aloalo.co.jp http://www.aloalo.co.jp/nakazawa/
松井 茂 shigeru@td5.so-net.ne.jp
足立智美 atomo@mail1.webnik.ne.jp http://www1.webnik.ne.jp/~atomo/

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