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現代美術界のドラえもん
福田美蘭 新作展「Print」
            中ザワヒデキ マルチメディア・アーティスト

 だいぶ以前に他誌で氏の作品を取り上げさせていただいたとき、「福田美蘭+ドラえもん=福田みらえもん」などと書き、氏の視覚のトリック性をテーマにしたアイディア一発の作品はすべて「ドラえもん」ワザであるなどと連ねさせていただきましたが、今回の新作展「Print」を見ても、氏の作品は相変わらずドラえもんワザであることには変わりはないようです。ただこの新作展ではテーマとなった「Print」、すなわち印刷とか版画とかということがとっても氏の本来の持ち味やテーマとうまく合っていて、それでかなり説得力のある展開にはなっているのではないでしょうか。原画や原版が存在して、それの「複製」であるなどというシステム自体、すでにトリックなわけですから、そこにドラえもんこと福田美蘭氏が着目しないわけには行かないでしょう。
 で、まず「カラヴァッジオ“果物かご”」「ラファエロ“グランドゥーカの聖母”」の2点ですが、これらは印刷工程における4色分解時の版ズレがテーマなのは一目瞭然。もはや印刷大国の日本ではめったに見られない版ズレという事故ですが、その事故をわざわざ立体物である額ブチまで合わせて周到に作品化してしまった氏の目の付け所はさすがというほかないでしょう。そしてこの作品の優れた点は、われわれの視覚の虚偽性をも明らかにしてくれるところだと私は思います。つまり現実にある身の回りの物体はどれも、「見えるからそこにある」とついわれわれは信じてしまっているけれど、まるで4色の網点からなる印刷物の写真が視覚のトリックにすぎないように、現象学的意味あいにおいても、見えるものもただのイリュージョンにすぎないかもしれないのです。印刷物ならときどき版ズレという事故を起こしてくれるからその虚偽性は明らかなのだけど、現実の物体の場合、ドラえもんにでも登場してもらわない限り、なかなか版ズレした実物などにお目にかかれるわけではありません。ちなみに、ここで「版ズレした実物」とは冗談でそう言っているわけではなく、たとえば虹だとかプリズムとか立体視といった現象は本当にそうなので、大阪3D協会の会員でもあり眼科医でもある私は本気で「視覚は虚偽」だと考えているわけです。ただ虹やプリズムは単なる自然現象ですが、ドラえもんワザなら「わざわざ、やる」ところの作者の気合いというかアウラ(複製時代のアウラ?)が注入されているわけなので、よっぽどわかりやすく説得力もあるってことですね。  次にもう1シリーズ、「信濃毎日新聞 1996年3月6日」「産経新聞 1995年12月3日」等の作品群で、これは氏の作品が新聞に図版掲載されたものが、そのまま「1/448000」とか「1/2000000」とかエディション番号を付けられ署名を入れられてるというもの。7万円の値段で何点か実際に売却済みになっていました。新聞だって一種の版画なのだってことで、オリジナルと複製にまつわるかなりラディカルなレディメード的ダダ作品と言えるでしょう。他に出ていた作品も、結局複製の問題がテーマだったと思います。
 さてところで、それにしてもいつも氏の作品を見ていてちょっとだけ疑問なのが、このような楽天的な問題の設定の仕方でいいのだろうかということです。こういったアイディアオンリーの作品は、「頭の体操」レベルでしかないのではないでしょうか? それは決して意義ないことではないだろうけど、たとえば前述の版ズレ作品など、折角あそこまで見せてくれているのだったら、「こちらの版ズレしている状態こそ真実である」みたいな世界観をもっと強く呈示してくれてもよいのにと思います。網点の4色分解という事なら、スーラ等の点描画にだって言及できるはずだし、そしてたとえばスーラにとっては「この点描法こそ真実なのである」というリアリズムの問題だったと思うのだけど、福田氏の作品からはそうすることの必然性が強烈には感じられません。「問題を呈示」さえすれば、展覧会コンセプトが一丁あがりっていう優等生的な感じがしないでもないのです。
 しかしそこまで突っ込まず、「のび太くんというやむにやまれぬ動機」不在の「オンリードラえもん」だからこそ、氏の一般的成功もあるのかもしれません。そこはなんともわかりませんが、とにかく本稿執筆にあたっては私も「アイディア一発」という事態を、実は楽しませていただいています。それはこのページの図版が「版ズレ」してしまった「複製物」となるということで、美蘭さん、勝手に共犯者的気分を味わわせていただいたりしてしまってどうもスミマセン!