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芸大系のもの派とポストもの派?
レクイエム −榎倉康二と33人の作家−
         中ザワヒデキ マルチメディア・アーティスト

 先に結論を言ってしまうと、個々の作品を楽しむ事はできます。しかし、あくまで楽しみというレベルかもしれません。現代美術というからには何か、楽しみ程度ではないもっと本質的な何物かを期待しているわけですが、この展覧会の印象を言ってしまうと、単に良質な「なかよし(?)グループ展」と、それほど代わりばえしないような気がするのです。
 と言ってはみても、昨年10月に急逝した榎倉康二氏の追悼として企画された展覧会ですから、もの派の重要な作家として活躍していた故人の未発表作品がいくばくかと、芸大の先生としても活動していた同氏の回りに集った、若手から中堅のかつての生徒達の作品群が一同に会せば、それだけですでに所期の目的は立派に果たされているわけでしょう。私が見たのはパート1の8名だけですが、会期最後のパート3までに総勢33名の作家か出そろう事となるわけなので、そのこと自体すでに快挙とも言えます。33名の中にはまさに活躍中の有名な現代美術家も多く、芸大勢の人脈には改めて驚かされます。
 また主催者は開催美術館と、本展覧の実行委員会の二者なのですが、一昨年に榎倉氏の写真の仕事にスポットを当てた展覧を行っている前者からしてみれば、今回は同氏の教育者としての側面を明らかにすることができるという好企画でもあるわけです。
 しかしどうなのでしょう? 後者の出品作家達からなる展覧会実行委員会とは? すなわちある外部のキュレーターが全責任を持って明確に人選をしたようなものではなく、「追悼」という絶対正義の大義名分の前に何とか集まり得た、どちらかというと同窓会的なグループ展ということだったわけなのではないでしょうか?
 その事自体が決して悪いわけではないと思うし、また意義もあるとは思うのだけど、すると一番先に冒頭で私が述べた事のようになると思います。つまり私事になりますが先日、大学でデザイン史を教えている友人が酒の席で、「現代美術が日本画やイラストと同じ、好きとか楽しいとかいう程度のものであっていいのか!」と憤慨していた事を思い出させるところとなるわけです。
 論を進める前にいくつかの作品について言及しますと、パート1における榎倉氏の未発表写真は、「外界と接し、切り結ぶ自己」という、これもある種のもの派的関心事が定着されているように見えるものでした。他の8人のうち、日下淳一氏のみが追悼に関するテキストを付し、わざわざ榎倉氏の追悼をテーマにした作品でしたが、それが同時に自己の作品シリーズの1つにもなっていたりして、言わば自己の活動歴にさらに一頁付け加える事も目的の一つである様子。宮島達男氏はおなじみの点滅する数字の作品が館内のエレベーターの中に設置され、暗闇が必要だからではあっても、おかげで他の出品者と異質の距離を置く事ができ、つまりグループ展出品という課題をていよくこなしたという印象。反対に、ありものかどうかは知らないけどまったく個人的興味から制作されたと思われる関口敦仁氏のCG映像は、もっともらしいCGの手法を使いながらも、従来ありがちな技法中心主義のCG映像とは全然違う「美術」を感じさせるという、CGの文脈において興味深い作品でした。
 結局「追悼」と「同窓会的グループ展出品」、さらに「自己の本来の活動」の3つの課題を作家自らがこなさなければならないところから、このように多様な出品スタンスが出現してしまうわけですが、たとえばジャーナリスティックな観点からだと私などはひそかに今回の展覧に、「芸大閥におけるもの派とポストもの派の作家」などとのテーマが見えるかしらと期待していたわけです。つまり87年に西武美術館で行われた「もの派とポストもの派の展開」という話題となった展覧会が多摩美という学閥的なククリのものだったから、ひょっとしたら今度はその巻き返しだろうかとの、低レベルな興味もあって会場にやってきたわけであります。しかし各方面からの批判を一手に引き受ける、キュレーターという明確な対外的責任者不在の本展においては、パート1のみを見た限りではそのようなテーマすらも浮かび上がるわけではなかったことになり、なるほど、追悼展という事の難しさ、そしてグループ展の問題という事を考えさせられた展覧会でありました。