「中ザワ式R.D.S.(目と耳のための)」制作記      中ザワヒデキ




 ステレオ視という言葉からして立体視と音響で言うところのステレオは無関係ではないのですが、「立体視しながらステレオを聴く」という作品は私はあまり見たことがないので、このたび作ってみました。
 大阪のSAMミュージアムというところで現在(94年2月)展示中の「中ザワ式R.D.S.(目と耳のための)第1番」「同第2番」「同第3番」がそれです。中ザワ式R.D.S.とはケッタイなネーミングですが、SAMミュージアムの方に、こーこーこのようなR.D.S.が作りたいと長々と説明していたところ、いつの間にかこんな仮タイトルをつけられてしまった次第。面白いので、そのまま本タイトルに転用してしまったというイキサツです。
 R.D.S.ということでは、実はこれが私にとって初めてのR.D.S.作品になるのですが、要はつまらないドットのではなく、かわいいドットのR.D.S.を作ってみようとしただけのこと。今回は普通に制作したR.D.S.……と言ってもプログラムも理論書もなく、マック内手作業で試行錯誤の挙げ句の果てに仕上げたR.D.S.だったのですが……を20倍に拡大し、1ドット1ドットをすべて20ドット四方のヘタクソ風味の顔のイラストに置き換えたということが、ここでの「中ザワ式」ということになります。ただしこの置き換え作業には莫大な労働量、つまり、よく働くアルバイト達が必要でした。
 そして、さらにこのR.D.S.は画面の中央表面からMDのイヤホンを出し、音を聴きながら観賞しなればならないものとしたわけです。肝心の音の方は、私はそちらの方の専門ではないので、今回はサティの「家具の音楽」の3曲を使用することでお茶を濁させていただきました。サティなら著作権も切れてるそうだし。
 サティには「眼鏡なしで右と左に見えるもの」という、いかにも3D作家をハメルために名づけられたような楽曲があり、当初はその曲の使用を考えていました。しかし今回改めて聴いてみるとどうも構成的には3Dぽくなく、むしろミニマルな仕立ての「家具の音楽」の方がふさわしいと判断したわけです。
 そしてまたこのミニマルということが、特にR.D.S.に合うのです。単一のモチーフの単調な繰り返しが。えっと、3D方面のテクニカルタームで「壁紙現象」ってありますが、3曲から成る「家具の音楽」はまさしく壁紙のつくりなわけです。それぞれの曲名からしてそれは明らかで、第1曲のタイトルは「県知事の私室の壁紙」。第2曲は「錬鉄のタペストリー」。第3曲は「音のタイル張り舗道」。これらの楽曲はみな壁紙のx軸を時間軸に置き換えた構造なわけですね。ちなみに余談ですがサティは第2曲と第3曲にコメントをつけており、それぞれ「招待客の到着の際に。大きなレセプションの場合は、玄関ロビーで演奏される」「昼食の時に演奏する」という具合に、つくりだけでなく存在としても家具であることを強調しようとしています。(なんて、「家具の音楽」の理論についてはすでにご存知の方も多いでしょうけど。)
 しかし、よく考えてみると「家具の音楽」のような単一のモチーフの単調な繰り返しは壁紙そのものにこそふさわしく、単調のようで実はそうでないR.D.S.とは微妙に異なる……一見単調な繰り返し構造のように見え、実は繰り返し周期にズレの構造を隠し持っているR.D.S.は、むしろスティーブ・ライヒ等のミニマルミュージックにこそ対応する……ということに気づくわけです。ライヒの「ピアノ・フェーズ」や「ヴァイオリン・フェーズ」なんてもろにR.D.S.のつくりをしていて、2人の奏者が同じメロディを奏でるのだけど、ピッチがほんの少しだけずれているなんてところは、R.D.S.でのオブジェクト間の微妙な繰り返し周期のズレにまったく対応するものです。ライヒの曲をだれか時間軸一定で譜面に書き起こしてくれれば、立体視できるはずなのだけど(……なんて、自分でやった方が早いのかしら)。あとこれも余談ですが、R.D.S.にしろライヒにしろ「ズレが大事」なんて、ついつい記号論とか思い出したくなっちゃいませんか?
 まあミニマルミュージックとR.D.S.の奥深そうな関係に関しては、不勉強で私は知りませんが、どなたかすでに綿密に言及していらっしゃるかもしれません(ご存じの方がいらっしゃいましたら情報をください)。そうではなく、……えっと、譜面上の3Dがライヒのミニマルミュージックに対応するのだとしたらそうではなく……、左右の耳から聴くステレオの3Dとして、私は素材に単なる壁紙構造である「家具の音楽」を使用したのでした。
 具体的には右耳用には「家具の音楽」の楽譜を私がヘタクソに演奏したもの、左耳用には、これも「家具の音楽」の楽譜を私がヘタクソに演奏したもの。ただしこれらは別テイクのものです。おわかりのように通常の音像としてのステレオではありません。また時間軸との戦いをするとライヒになってしまうので、右と左のピッチは同期させておきました。機材は、これも今回初チャレンジの、マックにつなげたMIDI楽器です(ミュージ郎を買ったのだ!)。
 えっと、本当は上手く弾こうとしてもヘタクソになっちゃうってのも謙遜なしでありますが、とりあえずここは肉体的なヘタクソがちゃんとデジタルに残ってしまうことに限りなく憐憫してしまう私ならではの、「中ザワ式」のつもりなのです。右耳からヘタクソサティ、左耳からヘタクソサティで理論的に立体的に浮かび上がるのは、私の肉体のヘタクソのはず。サティの楽曲は壁紙そのものとして埋没してしまう……はずなのですが、ウーン、どうなのでしょう。あまりそれらを聞き分けられるようには我々の耳はできていないようです。と言えばカッコいいのだが、なんのことはない、ただのヘタクソなサティにしか聴こえんのだ!
 ということで、「中ザワ式R.D.S.(目と耳のための)」は、まあこんなかんじ。私にとっては大変面白い実験だったのですが、果てしのない徹夜の作業に巻き込まれたアルバイトの方々、そしてなにより色々お世話やご迷惑までお掛けしてしまったSAMミュージアムの方々に、この場を借りてお詫びとお礼を申し上げます。(94年2月記)



*この展示「3D STUDIO ~ステレオ・プレイ展~」は94年2月1日から5月22日まで、於SAMミュージアム。有料。問合先:06-572-0036。なお中ザワは準備不足で会期の最初のうちは音が間に合わず、ご来場の皆様にも大変ご迷惑をお掛け致しました。申し訳ございません。