中ザワヒデキとコンピュータ絵画

 中ザワヒデキは初期のアクリルペインティングにおいてアニメのようなキャラクターを登場させ、形態と既存の芸術概念の呪縛からの開放を推し進めることにより、自身の色彩派画家の立場を強調しようとしていた。1990年、シミュレーショニズムの終焉を目の当たりにした彼は、既存の芸術概念の破壊、オリジナル性の否定をさらに深耕するということが美術の新しい概念になると考えるにいたる。この考えを徹底させることは、モチベーションを自ら持たないこと(人から与えられるということ)と解釈した彼はイラストレータとして絵画表現を行うことが必要だと考えた。
 当時、まさにCDの出現によりレコードというメディアが駆逐されていくのを感じていた彼は、絵画表現において、コンピュータの普及が絵具や印刷技術の発明と同様の変革を絵画表現にもたらすと直感し、当時一般的なツールではなかったコンピュータによる表現を行うことで、あたらしい絵画表現の可能性を追求しようとした。しかし、モチベーションの与えられ方と芸術概念の破壊を企図し、コンピュータを用いることによってあくまで新しい絵画表現を試みているはずであったのに、美術界ではその重要性に気付かず、実際にはコンピュータを用いた絵画をはじめて描いた彼を本当にイラストレータとして価値付けてしまうという愚を犯してしまう。


大ボケツシリーズの重要性

 人から与えられたモチベーションにより作品を制作することが美術の新しい概念であると考え、コンピュータゲームの画面デザインをしているというシチュエーションを自ら演じているため、単純なCGであるように誤解してしまうが、大ボケツシリーズの持つ重要性は、コンピュータを用いてイラストではなく絵画を描いたおそらくは最初の作品であるという点にある。
 コンピュータグラフィックスでなく、「コンピュータ絵画」であると指摘する理由は、単純に形態を線描するだけでなく、記号のパターンモジュールを展開することにより色彩やマチエールを表現しようとする試みをしているという点を非常に革新的であり重要であると考えるからである。
 さらに、既存絵画や印刷の色点がコンピュータではドットにあるということが当時のコンピュータ性能の問題によるジャギーの強調された画面から簡潔に読み取れるという効果も見逃せない。


芸術特許

では、中ザワヒデキはなぜ特許を取得しなければならなかったのか。

 彼の説によれば絵画表現は形態派と色彩派の2種類に分かれ、彼は自身が宣言するように形態派ではなく色彩派である。色彩派にとって重要な要素は、色彩とマチエールの問題であり、コンピュータで形態すなわちグラフィックでなく、重層的な色彩(マチエールをさらに追求しようとした彼は壁にぶち当たるのである。
 油絵具や日本画の顔料では、メディウムの透過性により重層的な色彩やマチエールを作ることができるのであるが既存のコンピュータ技術で表現しようとしたとき、コンピュータのデータの持ち方、とりわけ出力する際の技術の問題でマチエールの表現はできないのである。彼は二次元CGにおけるギザギザなジャギーをマチエールのように扱っていたが、それはあくまで「偽マチエール」なのであった。
 彼の目指すコンピュータ絵画は体積のないピクセルではなく体積のあるボクセルによって初めて可能になるのであり、これは、三次元グラフィックス編集装置および方法、三次元出力装置によって可能になる。これが彼の特許の骨子である。

「コンピュータグラフィックスはピクセル、コンピュータ絵画はボクセルである。」
「油絵具は、顔料の集合体であり、コンピュータ絵画の絵具はボクセルの集合体である」

 網膜上の色彩融合という理論に対し、スーラが行った仮説と検証、印刷物によるイメージ表現に対してリキテンシュタインが行った仮説と検証と同様の行為をコンピュータという表現ツールを使って絵画表現をすると言う分野において仮説、検証を行おうとしたとき、現在の技術では検証することができない仮説になってしまった悲劇ゆえである。
 このことを証明するために理論上成立するということと、それがまったく新しい概念であったということを証明するためには特許出願し特許を取得する必要があったからに他ならない。特許の取得を許されるということは理論的に成立するということと最初の発見者であることが公的に認められるということを意味するからである。

 その後、しばらくの間、彼の理論の実現は不可能であると考え、ボクセルを文字に読み替え、方法という方程式で変換することにより絵画表現を行うという、方法絵画に取り組むのである。


特許の証券化

 この芸術特許を美術であると捉えたときに、美術品として販売に供する方法は実は特許自身を販売するということに他ならない。しかしながら、現時点で特許そのものを販売してしまっては、単なる経済行為と理解されるか、結局のところパフォーマンスだけが存在するのと同様のこととなる危険性を内包することになる。そこで彼はもしかすると特許を誰かが利用した際に発生する利益に着目し、証券化することにより美術作品としてのトランスレーションを行った。今回、発表される「特許の請求項」は「所有欲の充足」「鑑賞」「キャピタルゲイン」以外に所有しているだけで利益を生むという「配当」という機能を持つ作品になるという副産物も生み出している。

(作品データ)

■作品名      「特許の請求項」日本国特許第2968209号
          「特許の請求項」日本国特許第3150066号
          「特許の請求項」米国特許第6144384号
          「特許の請求項」米国特許第5807448号
■技法       紙に顔料プリント
■大きさ      各580 mm x 410mm
■価格       4点セット 150,000円
■販売数      限定15部
■サイン      作品には限定番号と作家自身の直筆サインあり
■証券化される特許 1.三次元グラフィックス編集装置および方法
           日本国特許第2968209号
          2.Voxel Data Processing Using Attributes Thereof
           米国特許第6144384号
■維持期間     2010年の4月末日まで
■配当方法     利益が生み出された場合は、1年ごとに配当する。
          配当割合は25%をアロアロインターナショナルが手数料として収受し、
          残りを15等分するものとする。
■特約事項     特許そのものを売却する場合も同様の配当方法で配当する
■その他      5年間4月30日末日時点の状況を報告する。

● (有)アロアロインターナショナルは中ザワヒデキが経営する会社